建築家・設計事務所/建築家住宅の実例

「すずめのお宿」でお茶を一服

目黒の古民家の訪ねある記パート2です。今回は旧栗山家主屋。こちらは知る人ぞ知る静かな竹林の公園「すずめのお宿」の中にある、いかにもお伽噺に出てきそうな古民家です。

執筆者:坂本 徹也

竹林を抜けてたどり着く「すずめのお宿」

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原町の宮野古民家から碑文谷にまわり、すずめのお宿緑地公園内にある旧栗山家主屋を訪ねることにしました。こちらは文字どおり広大な竹林の中にたたずむ、ひそやかで素朴な古民家です。
この手前にある竹林がすごい。さらさらという衣ずれのような音は竹の葉がふれあって起こす自然のハーモニー。静寂さが増幅されるようです。ここはほんとに都心なの!? 竹林を歩くこと1分、やがて見えてくるのはまさにすずめのお宿ともいうべき愛らしい民家。

こちらは先の宮野家にくらべてずっと小さく、素朴な建物です。もっとも建てられたのが江戸時代中期ということですから、宮野古民家よりはすこし前ということですね。構造の形式は、広間型平面の寄せ棟造りというもので、今は法規上銅板がかけられている屋根は本来茅葺きだそうです。

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江戸時代の村には、代々引き継がれる「年寄」という重要な役割がありましたが、この家の主であった栗山家はまさにその年寄の役職にあり、それゆえ一般には禁じられていた「長屋門」と呼ばれる立派な門が備えられています。

中目黒に現れた不思議感覚の最先端空間中に一歩入ると、目が慣れるまですこし時間がかかるほど暗い。かつては何の照明もなかったはずですから、さぞや真っ暗だったことでしょう(今は小さな行灯や間接照明が使われています)。
玄関から台所に続く広い土間には、「おくどさん」と呼ばれるかまどや、井戸の水を瓶に運び柄杓で汲んで使った流しなどがあります。

そこから先はほとんど一室空間ですが、北側に囲炉裏のある居間、南面にはさらに板敷きの広間、続いて畳敷きの座敷と納戸があります。座敷や広間の南側の縁側は、雨戸を閉めると外縁になる工夫がしてあり、これは一般の農家とは一線を画す「年寄」の家ならではの造りだそうです。

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こんな細部にも「格式」というものがあるんですねー。ちなみに建物の敷居には「敷居はまたいでお入りください」という小さな注意書きが貼られています。むかしは「玄関の敷居=主の額(ひたい)」という考え方があったからだとか。そしてこれは、敷居を踏むと家の木組みがすこしずつずれる恐れがあるからという工学的な論拠もあるそうです。

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心が曇ったらここに来て闇の中の自分と対峙しよう

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それにしても暗い。囲炉裏端に腰をおろし、サービスのお茶をすすっていると、室内に満ちた陰影がひとつではなく、うんと暗い、やや暗い、うす暗いと、段階があるのがわかってきます。とりわけ台所と囲炉裏のある北側の屋根裏は暗い。長年にわたって煤の色が擦り込まれた黒い茅が醸し出す漆黒の闇がそこにあります。なんでも煤は茅の保存に必要らしく、ここでは定期的にかまどを焚いているそうです。前が竹林ですから、きっとおいしい竹の子ご飯が食べられることでしょう。

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闇に慣れてきた目を外に向けると、南面の開け放たれた障子に切り取られた竹林の緑だけがくっきりと浮かび上がってきます。明と暗、内と外、静けさと明度によって隔絶された景色が、安らぎの時間を創出します。それはまるで映画館の暗闇で見るスクリーン上の映像のよう。闇の側にいる自分がそこに溶け込み、外の風景だけが時間とともに生きているような気さえします。

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都市生活に疲れたビジネスマンのおとうさんは、自殺なんか考えないで一度ここに来て、悠久の時間の中では自分の身に起こっていることなどちっぽけなことだというのを見つめ直してみるのはいかがでしょう。300年という歴史を見てきた古老の民家は、そんなことを教えてくれるのでした。

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 すぐ近くにはこんな古民家も

旧栗山家主屋
 目黒区碑文谷3-11-22
 (すずめのお宿緑地公園)
 東急バス目黒駅から大岡山小学校行
 碑文谷三丁目で下車 徒歩3分
 03-3714-8882
 9:30~16:30
 月曜定休、年末年始は休み
 入場無料
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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