軍のシンボルが“大鍋”だった食いしん坊集団

トルコには、かつてオスマン帝国という13世紀後半から(本格的な国づくりはひとまず措くとして)20世紀に繁栄した、600年余の歴史を持つ集権国家が存在した。最盛期である16世紀には、アジアやヨーロッパ、北アフリカにまでその領土を広げ、各地のあらゆる文化を融合しながら、勢力を拡大していったのである。

そんなオスマン帝国のアジアとヨーロッパ、そしてアラブの融合ぶりは、まさにミステリアス。さらにルネッサンス期のヨーロッパ人をも驚嘆させたほど、この帝国は先進的な国家でもあったといわれ、全盛期の軍のシンボルが軍旗ではなく、なんと“大鍋”であったともいう。

しかも、この大鍋を奪われることが、最大の恥辱であったというのだから、思わずクスッと笑ってしまうのだが、オスマン帝国はそれだけ食に執着していた“食いしん坊もの集団”だったということは間違いないようである。

そんな大帝国の料理が、食文化が磨かれないわけがない。現に皇帝は毎日夕食には40皿もの料理を並べさせ、好きなものだけを口にしたのだという。

トルコ国内でも数少ないオスマン宮廷料理の継承者

店内
栄華をきわめたオスマン帝国時代の宮殿をおもわせる半個室。
前フリがちょっと長くなってしまったかしら。でも、今回ご紹介をするレストラン「ブルガズ アダ」は、そんな歴史的背景を抜きにしては語れないのではないかと思って。
いわゆる、オスマン帝国という存在が、「ブルガズ アダ」での過ごし方を大きく左右するのではないかと思うのです。

「ブルガズ アダ」のシェフ曰く、当時は2,000人もの料理人たちが腕を振るっていたといわれる、皇帝が愛したトプカプ宮殿。そこには、料理人たちの高度な技術をもって贅をつくした料理が数多く並べられていたようだ。その料理の数は、じつに1万種類にもおよぶのだという。現在残っているレシピは、そのうちの4,000種類のみ。

メフメット氏
メフメット ディキメン氏が繰り出す皿はどれも舌に記憶されるまろやかさがある。
そのレシピは、国から認められた20人にのみ受け継がれ、絶やすことなく大切にされている。その選ばれしひとりが、ここ「ブルガズ アダ」のシェフ、メフメット ディキメン氏である。