エスプレッソの方程式
コーヒー豆の風味が焙煎後、刻々と変化していくことは、コーヒー好きの方々ならよくご存じでしょう。先週はおいしく飲めた豆が、今週になったらちっともおいしくない、という事態はよくあること。飲みごろを過ぎたコーヒー豆は劣化の一途をたどります。ところが、焙煎直後が最高かと言えば、決してそうではありません。
おいしく飲めるスイートスポットを日々、コントロールするとともに、エスプレッソマシンを微調整し、つねに安定した風味を提供できるかどうかがバリスタの腕の見せどころ。
「エスプレッソの味は方程式にたとえられます。豆×エスプレッソマシン=エスプレッソの風味。仮にいつも6という数値のエスプレッソを提供したいなら、豆が3の力を持っているときは3×2=6なんですが、豆が2しかないときは2×3で6にもっていかなければならない」
そのために、田中さんは1日に2度もマシンの設定を変更したり、こまめに業務用温度計でお湯の温度を確認したりと、さまざまなテクニックを駆使しています。
奥さまの田中千沙子さん、愛犬の小春子
エスプレッソばかりではなく、ミルクやコーヒーも温度が重要なファクターです。その日、私が飲んだ2杯目は、フレンチプレスで抽出したスペシャルティーコーヒー「ルワンダ」。第一印象はあっさりしすぎて飲みごたえに乏しいと感じられました。その時点で温度を計ってもらうと84℃。しかし、やがてコーヒーが冷めていくにつれ、ボディと甘みが姿を現してきたのです。
「僕たちは抽出したての味を、尖りすぎてシャープだと表現します。じつは、ぬるくなってからが飲みごろなんですよ」と、再びコーヒーの温度を計ってもらうと50℃台。
「でも、最初から低い温度で抽出したのでは、この味が出ないんです」
聞けば聞くほどそそられるニューヨーク流コーヒーの世界。私は“初心者レベル2”程度の質問と回答を存分に楽しみましたが、読者のみなさまはプロレベル9でも、初心者レベル1でも、ご自身の興味にあわせて気軽に立ち話をお楽しみください。
東京のコーヒー・シーンをますます魅力的に、面白くしてくれてありがとう!と拍手を送りたいBEAD
POND。なぜ“熊の池”なのかは、田中さんに直接訊ねてみてくださいね。その由来を聞いて、私は村上春樹の春の野原を転がる熊に思いを馳せました。
そして、春といえば愛犬の名前。
「小さな春はここにあるけど、大きな春は自分でみつけろ、という意味です(笑)」