築50年の民家をカフェに
10年前、市川さんは毎日のようにこの古い民家の前を通り、こんな家に住みたいものだと考えていました。ある日突然「空き家」の貼り紙があらわれ、借りることを即決。もともと住んでいた老夫婦が、冬の寒さがこたえるからと家を手放したのです。たしかに、元気に動かなくなった身体には、旧式の木造住宅は不便が多いのかもしれません。そうして1996年に森彦がオープン。当初、土日の営業はお休みで、宣伝らしい宣伝もしなかったために、1日にお客さまがたった1人だけという日もあったといいます。歳月を経た空間にふさわしい家具たち。きしむ急な階段。2階を歩き回ると床板がみしみしと音を立てて、1階にいてもお客さまがどこにいるのかよくわかります。天井は低く、背の高い人は鴨居に頭をぶつけそう。しかし、それはなんとつつましくも豊かな空間でしょうか。
「札幌はスクラップ・アンド・ビルドを繰り返してきた都市ですが、ここには50年前の札幌があります。わずか50年前には誰もがこんな家に住み、貧しくて清い暮らしをしていたのです」
私が住む東京のマンションは雨の降る音がほとんど聞こえませんが、森彦では、どれほど近くに雨のひそやかな息づかいが聞こえることかと想像せずにはいられません。風の音も間近に聞こえるでしょう。木枠の窓の隙間から、雪の匂いも入ってくるでしょう。森彦のすぐ裏手には樹木が繁り、2階の壁に鳥のえさ箱が取りつけられています。小鳥のさえずりに耳を傾けながら飲む一杯のコーヒーの芳醇さ。
「量感が豊かで、ふくよかなコーヒーが理想です」という市川さん。どのようにしてコーヒーに出会われたのでしょうか。