散歩/和む散歩ルート

新山口駅近くにある山頭火の其中庵を訪ねる(2ページ目)

漂泊の俳人、種田山頭火が昭和7年から13年まで庵を結んでいた場所への散歩。現在、その其中庵は再現されてそこにある。周囲の道を歩いてみるとまるで自分が山頭火になった気分に浸れる散歩だ。

増田 剛己

執筆者:増田 剛己

散歩ガイド

これが「其中庵」だ!

坂を登っていくといきなり大きな看板が目に入ってきた。現在はけっこうきれいな庵になっている。裏が畑になっている。他に観光客はいなかった。実に静かだ。何も聞こえない。
これが山頭火の「其中庵」だ。
山頭火が7年間住み、句作に励んだ其中庵である。

案内板を見ると、この「其中庵」の意味が書かれていた。それによれば、山頭火の好きな言葉に妙法蓮華経法華経普門品《ふもんぽん》第二十五にある「其中一人作是提言《ごちゅういちにんさくぜしょうげん》」という一節がある。それはは、災難に遭ったとき、あるいは苦痛に苛まれたとき、その中の一人が「南無観世音菩薩」と唱えると観世音菩薩は、直ちに救いの手を差し伸べられて、皆を救われ、悩みから解き放たれるという意味である。ここから山頭火は「其中庵」という名をつけた。

室内はまるで山頭火が住んでいるかのようだ

外側をぐるりと見て、おそるおそる戸を開けてみた。誰もいない。が、驚いたことに文机などがあった。そして、壁には法衣と笠がかかっている。いまにも奥の部屋から山頭火がひょいと出てきそうだ。
これが山頭火の「其中庵」だ。
これが「其中庵」の室内。まるで山頭火が住んでいるようだ。

きれいに掃除が行き届いている。実際は、昭和13年の10月にここを去るのだが、それはあまりにこの庵が老朽化してしまったからである。
いまはとてもきれいだ。きちんと管理されているのだろう。
しかし、今は誰もいない室内に座って物思いにふける。
が、ここで、他の観光客がやってきた。やはり僕と同世代の男性とその家族である。
訪問した人が書き込める帳面が置いてある。

散歩の果てに其中庵

と書き、自分の名前を記した。

そして、その上にある休憩所へと向かった。
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