散歩/江戸風情を探す散歩ルート

旧牛込区から旧小石川区への散歩(2ページ目)

明治11年に制定された東京15区は江戸の雰囲気を残す行政区分であった。今回は牛込区から小石川区という明治の文人などが住んだ山の手地域を歩く。牛込でご飯を食べ、小石川植物園までの散歩。

増田 剛己

執筆者:増田 剛己

散歩ガイド

夏目漱石の生家と終焉の地を通り過ぎる

「麻の葉弁当」950円でこのボリューム。おいしい和食です。
牛込区というのは、高田馬場あたりまでがその区域だった。古典落語「高田馬場」では、「牛込高田馬場」という呼び方をしている。ただ、当時の高田馬場というのは、JR山手線の高田馬場駅あたりではなく、今の西早稲田あたりらしい。というわけで、西早稲田あたりから散歩を始めることにした。

これまで同道してくれていたNくんが、担当をはずれ、きょうは1人かと思ったら、幸運にもいっしょに歩いてくれる方がいた。Wさんという僕と同年代の女性。いまは自分で、出版関係の会社を経営している方である。「あまり歩けないけれど、行けるところまで」とのこと。

西早稲田にはグランド坂というのがある。JR高田馬場駅から歩くと早稲田通りが2つに分かれるところがある。左がグランド坂で新目白通りまでの坂道、右が早稲田通りになる。どちらも下っているのだ。早稲田通りは坂を下ったところに穴八幡という神社があるのだが、その途中にある「麻の葉」というお店で昼食を食べることにする。たぶんWさんが気に入ってくれるだろうとここを選んだ。手ごろな値段でおいしい和食のランチが食べられる。ただし、早めに行かないと、売り切れてしまうのだ。

というわけで、僕たちが入ったのは11半過ぎ。すでにほぼ満席。僕は「麻の葉弁当」950円、そしてWさんは「ロースとビーフ御ぜん」950円。たぶん、ほかなら1000円以上はするであろう内容の食事である。たまに来るのだが、ここは本当にオススメである。

この日は天気もいい。散歩日和である。まずは早稲田通りをまっすぐ。早稲田駅を通り過ぎる。駅の交叉点は「馬場下」という名前だ。この馬場下で早稲田通りと交差するのが夏目坂。ここは夏目漱石の生家があった場所で、漱石が生まれる前からこの名前がついていたそうだ。かなり大きな家で本当に「坊ちゃん」だったのである。

さらに早稲田通りを直進。果物屋さんのある場所で右に細い道がある。ここを入っていくと、早稲田小学校がある。この小学校の校舎も実に古い建築物でじっくり見たいところだが、昨今のご時世、部外者が小学校の敷地に入ることは許されない。壁の外から眺めながら歩く。

さらにまっすぐ行くと「漱石公園」という看板が見えてくる。こじんまりとした公園である。ここが、漱石終焉の地である。さきほどの生家からすぐの場所である。明治40年から亡くなる大正5年までここに住んでいた。「三四郎」「門」「それから」などの代表作をここで書いた。狭い敷地だと思ったが、あとで調べたら、都営住宅1棟とこの公園がかつての漱石の家で千坪あったそうだ。
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