秋葉原の「やっちゃば」跡を偲ぶ

上野の山から、秋葉原方面を眺める
実際、地図で見てみるとわかりやすい。江戸時代は、秋葉原、浅草橋あたりまでを浅草と呼んだのである。

まずは、上野公園の西郷像の前から秋葉原方面を見る。今は、ビルが立ち並んでいるが、明治維新の折、彰義隊の隊士たちもここから迫り来る官軍を見たのだろうかと夢想した。そういえばこの西郷像の裏手に彰義隊の墓はある。

上野戦争は1863年、旧幕府軍の彰義隊と長州、薩摩を中心とする新政府軍の間で行われた戦争である。たった半日で決着がついたのだが、それは新政府軍の司令官、大村益次郎の巧みな戦術があったと言われている。

西郷像前から上野広小路が見える。このあたりに政府軍の主力、薩摩藩が陣を敷いた。あそこに銅像ではない生身の西郷さんがいたのだ。上野の山の南側である。

これに対して北側の谷中方面には長州藩が陣を敷く。午前7時頃に戦端が開き、昼すぎに、今の本郷の東大あたりから新政府軍のアームストロング砲が打ち込まれる。砲弾は不忍の池を越えて炸裂。これに驚いた彰義隊は敗走することになる。

季節は夏。雨の日であった。彰義隊はどんな思いでこの上野の山に集結したのだろうか。そして、どんな思いで闘ったのだろう。

そう思いながら、秋葉原へ向かう。

電気街にひっそり佇む「千代田海藻」。すいません。おじゃましました
中央通りを秋葉原方面へ。日曜日には歩行者天国になって、いい散歩コースだけれど、平日は舗道を歩く。両側はビル。秋葉原の手前で、裏道に入ると、そこは昔ながらの商店。昆布などを扱っているお店だ。

いま新しい大きなビルが建っている秋葉原駅の隣あたりは「やっちゃば」であった。「やっちゃば」とは青果市場のことである。この昆布を扱っている店はその残りなのかもしれない。ここだけ時間が止まった感じがする。

おじゃまかと思いながらも少しお仕事の様子を見て、写真を撮らせてもらう。

できたばかりの巨大なビルはヨドバシカメラ。その壁面に夕日が反射してまぶしい。街は常に変化している。


【参考までに今回の散歩ルート】
浅草雷門から秋葉原まで。所要時間約2時間。普通に歩けば1時間弱。浅草、上野で昭和を堪能し、秋葉原で平成を感じる。時の流れを楽しむにはもってこいの散歩ルートです

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