東京唯一の路面電車 荒川線

僕が東京にやってきた昭和57年、すでに都電は、荒川線しか残っていなかった。都電が荒川線を残して廃止されたのが昭和47年だから、その10年後ということになる。

その頃から唯一残った荒川線を特集する雑誌記事があり、ずっとこの都電は、昔の東京を懐かしむアイテムのひとつになっているのかもしれない。たぶんそんな雑誌記事を読んでだと思うのだけど、かなり前に一度乗った記憶がある。その後、早稲田に引っ越してからはけっこう乗ることが多くなった。

早稲田停留所発、三ノ輪へ向かう都電ぶらり散歩

始発早稲田~終点三ノ輪行き。区間160円統一でリーズナブル
この日もプロデューサーNくんと待ち合わせ。荒川線の終着である早稲田。地下鉄の早稲田駅から、新目白通り方面へ10分ほど歩いたところにある。

ちなみに都電は駅ではなく停留所と言う。この早稲田停留所はこの新目白通りの中にあり、その線路は道路の中央を走っている。これが路面電車だ。実際、僕は見たわけではないけれど、明治の終わりから大正、昭和と東京の道路では車と都電がいっしょに走っていたのだ。

「今日もいい天気ですねぇ。僕は晴れ男ですから」と言いながらNくんはさっそく一眼レフのデジカメで電車の写真を撮っている。本日は荒川線に乗って、その沿線を散歩しようというもの。終着である早稲田停留所からはじめて、三ノ輪橋停留所まで行く予定だ。昔の停留所はどういうものだったのかはわからないが、今は近代的なたたずまいである。

都電荒川線が現在も残っている理由

面影橋を通過して、学習院下へ。傾斜がかかって、荒川線のなかでも美しい光景が見られる場所
観光でこの電車に乗る人もいるが、多くは地元の人々の足となっている。路面電車はどちら側にも運転席がある。終点で電車が止まると、今まで後ろだったほうに運転手が行き、再び走り始めるのだ。料金は大人が160円。かつて、都電は「ちんちん電車」とも呼ばれていたが、乗り込めばその理由がすぐにわかるはずだ。走り出すときにチンチンとベルが鳴るのだ。

早稲田を出ると次の停留所は「面影橋」。なんともいい名前なのだろうか。まさに昔の東京の面影を探す散歩に出かけるぞって気分にさせてくれる。それにしても両サイドの車線には車が走っているのがなんとものどか。

明治通りまできて「学習院下」を出るとその風景が一変する。それまで車と一緒に走っていた荒川線がいきなり専用の線路を走り始めるのだ。実はこの専用軌道が、荒川線が残ることになった理由なのである。

都電の利用者が多かったのは昭和30年頃らしい。その後、自動車やバスの増加で、次第に都電は道路の邪魔者になったのだそうだ。ただ、この荒川線だけはおもに専用軌道を走るために残った。電車は切り立った崖の間を車体を斜めにしながら走り、鬼子母神へ。

散歩の醍醐味、買い食いをたのしみつつ、荒川車庫前停留所へ都電は向かう。