馴れ合い文化の礼節なき世界に
思えば、この頃がピークだったのかもしれない。アメプロから入ったプロレスファンには、UFCやPRIDEをはじめとした格闘技の存在は遠く、誰が誰に負けようがプロレスはプロレスと、ある意味対岸の火事として受け止めていた。
社会人にもなれば、仕事、仕事でプロレスどころではなくなっていたし、テレビや雑誌で観るプロレスも、楽しむというよりは習慣として経過を追っていただけだったのかもしれない。
それでも、人生初の転職を経験し、IT系の営業職に勤しむこと2年。プロレスとは掛け離れている分野ながらも、どこかでプロレスと関わりを持とうとアプローチを繰り返していた時期もあった。
プロレスではないが、まだマンションの一室にあったPRIDE事務所に出入りをしては、一躍人気が上がっていたPRIDE公式サイトのリニューアルの提案に熱を入れていたこともある。
本格的な転機は、会社が「livedoor」というプロバイダを買収した時だ。
様々なコンテンツを拡充し、その中の一つでスポーツのコンテンツが起ち上がると聞くや、真っ先に移動願を出した。
ちなみに余談だが、PRIDEの一件は、ほぼ決まりかけていたものの、結局は直前で破談になった。今にして思えばそれはそれで良かったのだが、以後、プロレス・格闘技と関わる仕事をするようになると、何かを提供したり、尽力した矢先に裏切られ、引っくり返されるということはよくあった。
一言で言えば、“馬鹿をみる”連続だ。
営業で仕事を失注することなど当たり前だが、こうした場合は、直前まで何かと天秤にかけられているのだからたちが悪い。ことプロレス界に関して言えば、基本的には「やる」といってそれを守る人が非常に少ない世界だと理解している。
当時にして、社会人経験はたかだか5年だが、それでも少なからず社会を知る者にとっては、明らかに利己的で無責任、礼節もない選手や関係者が多いと痛感していた。もちろん、全員が全員ではないから心苦しくもあるのだが、圧倒的に前者の人間が多いということは間違いない。
例えば、たかだかブログでもその兆候を感じることは何度もあった。まだ、ブログが出始めで、今のようにコメント欄の管理をどうするかといった課題が常に付きまとう中、“プロレスマスター”と呼ばれているD・Tは、荒れるコメント欄に悩み、散々相談を持ちかけてきた。
こちらも誠心誠意対応し、コメント欄の管理からIPを割り出し、ユーザの書き込みをブロックするところまで色々と手を尽くした。
だが、ある日突然、D・Tは知らぬ間にブログを引っ越していたのだ。
誤解のないように強調させて貰いたいのだが、決して他社にブログサービスを乗り換えられたからではない。あれだけ協力し、やり取りをした人間に対し、何の一言もなく去るという現実――といったら大袈裟だが、普通に社会で生きていれば、まずあり得ない経験に大きく失望し、落胆した。
ブログ一つをとってもこうなのだから、フリーで参戦する各団体にもこんな感じなのだろう。また、幾つかの団体公式サイトの制作を手がけたこともあったが、Kオフィスなんかもそんな感じだった。
先方からの依頼で、本来ならこんなことはないのだが、無償で彼らの公式サイト制作を引き受けることになった。社内のリソースがパツパツの状態でも、なんとか遣り繰りしながらサイトの制作を進めたが、驚くことに、こちらの状況などお構いなしに、また、何度も言うが無償で提供しているにも関わらず、ここの敏腕社長からは何度も直で催促のメールがくるのだ。
また、WEBの知識が皆無に等しい彼らのスタッフが自分達でサイトを更新できるよう随所にカスタマイズを施し、その作業の仕方をレクチャーするためだけに埼玉の奥へと出向いたこともあった。
だが、サイトが完成して間もなく契約書を結ぶ手前で、他に無償で制作を名乗り出た会社があったのだろう。Kオフィスからは、突然のリセットを申し込まれた。さらにその連絡があったのは、スタッフからでヘラヘラと笑った感じの電話による20~30秒程度のものだった。
やっぱりこんな感じなのだろう――。
本来の契約書であれば、制作前に締結するのが常。だが、これにより作業が更に遅れてはどうしようもないので、そこは信頼関係と割り切って進めた、そんな矢先の出来事だ。
テレビや雑誌、ブログで雄弁に語る正義感溢れる内容とは随分掛け離れた会社の経営スタイルなのだと強引に自分を納得させたが、会社に出た無駄な開発のリソースはどうすれはいいのだろう。
なんか、愚痴っぽくなってしまったが――。いや、愚痴なのだが、上記は一例にしても、とりわけプロレス団体との付き合いは万事がこんな感じだった。
繰り返すが、ブログ一つ、サイト一つ、他社に乗り換えたって別に何とも思わない。ただ、社会の中では常識とされる最低限の礼節は尽くすべき――。本当にそれだけのことなのだ。