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最終回~プロレスとの出会いと別れ(2ページ目)

本コラムも今号の掲載で最終回を迎える。奇しくも、プロレスに関わる最後の機会。今後はどのようなスタンスでプロレスと向き合えばよいのだろう。その最後は思いのままに書かせて頂いた。

執筆者:川頭 広卓

プロレスに初めて嫌気がさした瞬間

ナベさんは、お世辞抜きで熱い試合をした。

勝率はよくなかったが、負けたら本当に悔しそうにしていたし、敗因を詳しく語ってくれた。

当時はプロレスのからくりなど知る由もなかったが、“ドインディー”の世界だけに、時にはこんなこともあった。

ナベさんが出ていた団体で他団体の挑戦者を迎え、タイトルマッチが組まれた。だが、専門誌の誌面では、今後の予定として、その他団体の挑戦者が王者となっており立場を変えたリターンマッチが発表されている。

まだ試合もしていないのに――。

まるで、あらかじめ王者が入れ替わり、リターンマッチが行われると言わんばかりに。ムチャクチャだったが、こんなエピソードは沢山ある。

春日部インディーズアリーナで試合を観た時には、観客は自分を入れても10人くらいしかいなかったが、あるレスラーは試合中にカミソリの刃を取り出し、痛がるフリをしながら、自分の額を切って血を流した。

すると、そのレスラーが放り投げたカミソリの刃を、さりげなくレフェリーが拾う――。

いや、バレバレなのだが、それはさておき、カミソリの刃で額を切るところをこうも目の前で見せられると、結構ひいてしまうものだ。

それにしても、たかだか10人くらいの前で、なぜこんなことをしているのだろう。お世辞にも“これがプロだから”とは思えなかった。

それでも、私もどっかで野暮と感じたのだろう、こうした疑問をナベさんに訊くことはしなかった。

そんなナベさんに、タイトルマッチのチャンスが巡ってきた。栃木を拠点に活動するイーグルプロモーションがその舞台となり、チャンピオンは同団体のエース・吉田和則だ。

もちろん、ヤツと電車を乗り継ぎ、2時間くらいかけて栃木へと出向いた。だが、当日の大会で行われる筈の、二人によるタイトルマッチは突然消滅してしまった。

ナベさんと吉田が正々堂々タイトルマッチをやろうと握手した瞬間、ヒール軍団が乱入。怒ったナベさんと吉田はタッグを結成し、ヒール軍団を迎え撃つことになった。当然、タイトルマッチはなくなり、怒りに火のついたナベさんは「やってやるよ」とマイクで怒鳴っていた。

どう考えてもおかしいのだが――、いや、何を考える必要もなくおかしいのだ。

タイトルマッチを中止にしてまで、ヒール軍団とタッグで戦う理由はなく、ナベさんのタイトルマッチを心から楽しみにしていた自分は、心の底から怒りがこみ上げ、以後二度とイーグルプロモーションを見ようとは思わなかった。

言っても30人くらいしかいない観客の中で、わざわざ東京から観にきた客を失ってまでやりたかったストーリー、いや、茶番とは何だったのだろうか。

この疑問は今も理解できずにいるのだが、純度100%プロレスが好きだった青年が、(いい歳こいて)いくら目の前で不穏な動きがあったとしても疑うことすらしなかったプロレスに対し、初めて嫌気がさした瞬間でもあった。

それでもプロレスは観続けた。

メジャー、インディー、海外問わず。90年代中頃では、新日-Uインターの対抗戦にドームツアーも福岡以外は全て行った。

大阪で行われた、橋本真也-小川直也の再戦には親友のポンコツ車で赴いた。だが、その車は高速の途中で故障し、なくなくサービスエリアに車を乗り捨て。歩いて高速を降りたのは、後にも先にもこの時だけだろう。田んぼをひたすら歩いて無人駅に到着。乗った電車の車掌さんに大阪までの行き方を教わった。

車掌さんの名前は忘れもしない馬場さんだ。

勝手の分からない大阪で、電車を乗り間違え、親友と乗った環状線は、試合開始時刻とともに大阪ドームの目の前を通過した。

色々あった一日。その帰りの新幹線の車内で飲んだ缶ビールの味は、人生で最もうまかったし、これからもこの時を超えるシチュエーションでビールを飲むことはないだろう。ビールを一缶飲み終え、自分と親友は泥のように眠った。
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