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『完本 1976年のアントニオ猪木』を語れ(3)

『1976年のアントニオ猪木』が完本となって発売された。著書・柳澤健さんへのインタビュー最終回は、猪木との“真剣勝負”を終えた柳澤さんが抱く、新たなる戦いの展望を聞いた――。

執筆者:川頭 広卓

“周りはとっても迷惑、でも猪木はこうじゃないと”

『完本 1976年のアントニオ猪木』が出版された。語りつくせぬ、その魅力を著者・柳澤健さんに聞いた――。
【インタビュー前編はコチラ

――では、逆に馬場さんの王道プロレスとは?

「猪木さんのプロレスは“俺だけ見てればいい”。猪木という物語だけを見て、後の醜い現実は見るなと。対戦相手は誰でもいい。一方、馬場さんは世界を連れてきてくれる。“世界にはこんなにいっぱい魅力的なものがあるよ”と見せてくれるんです。

馬場さんのプロレスには、話がいっぱいある。ブロディならブロディの物語があって、ハンセンならハンセン、ファンクスならファンクス。全日本プロレスでは、こうした一流外国人選手の多様な物語を見ることができる。誰に思い入れても自由なんです」

――馬場さんを“大人のプロレス”と呼ぶ人もいましたね。

「ええ。猪木さんの場合は、ただひたすら猪木さんを見る。常にカタストロフが訪れる訳ではなくて、リングアウトとか時間切れとか、猪木さんの試合はいつもグチャグチャしている。“そんなにいつも、満足できる筈がない。そんなのはリアルじゃない”というリアリズムが、猪木さんの中には常にある」

――非常によく分かります。

「馬場さんのプロレスは高級レストラン。一定以上の素材を使って、ディナーコース2万円とかっていう世界。スープやオードブルも、それなりにおいしい。でも、猪木さんはボロイ食堂の一品料理。マニアな客が噂を聞いてやってきて“あのオヤジが作る炒飯はたまらんぜ”って熱く語る。食材もロクなもんじゃない。でも、化学調味料だの砂糖だの怪しいスパイスだのをぶちこんだあげくに、時々メチャクチャうまい炒飯を作りあげる。

それが、なぜか大評判になって、お店をチェーン店化して、大きくして、部下もいっぱい使って、素材もいいのを使おうっていう瞬間があった。タイガーマスクとかが出てきて」

――いい得て妙ですね。

「それがもう、猪木さんにとってはつまらない訳よ。“この方針を続けて、店を大きくしていこう”というのが普通の経営者なんだけど、キープコンセプトは猪木さんにとっては全然つまらないんだよね。先が見えちゃって。猪木さんはアーティストだからね。アリ戦の借金も返して、タイガーマスクも頑張って、経営者として左団扇のはずなんだけど、猪木さんはそれが嫌なのよ」

――先ほどの話に戻りますが、猪木さんの興味がプロレスから離れていった要因ですね。

「うまくいった瞬間、もうプロレスは面白くない。だから、プロレスじゃないところに興味を持つ。つまり夢追い人になっていく。それがアントンハイセルとか、沈没船とか永久機関とかそういう話に続いていく。わかりやすいでしょ?」

――とてもわかりやすいです。

「周りはとっても迷惑だよ(笑)。だけど、他人から見れば、ファンから見れば、“やっぱり猪木さんはこうじゃないと”って喜んでしまう。

長州とかは、猪木さんにはもの凄く腹立ててると思うけどさ。闘魂三銃士の頃とかも経営バッチシで、やっと猪木さんも新間さんもいなくなって、金使う人がいなくなったって安心してたら、大事な選手を総合格闘技のために連れていかれちゃうんだから」
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