アメリカには日本の高校野球(甲子園大会)に匹敵するものはない。強いて挙げるならば、3月に行われるカレッジ・バスケットボールのNCAAトーナメント大会だろう。その熱狂度からすると春、夏の甲子園を凌ぐものがあり、それにはある理由が……。

甲子園を経由して輩出されるスター選手

2006年夏、田中将大(現楽天)と死闘を繰り広げた斎藤佑樹。早大進学後も華々しい活躍を続けている
日本のスポーツ新聞社に入社し、野球部に配属されると、まず間違いなく3年間は春と夏の高校野球甲子園大会に駆り出される。人手が足りないのもあるが、春の異常な寒さの中と真夏の炎天下のアルプス取材こそ、記者を育てるのに持ってこいの舞台になるからだ。その中でドラマに触れ、ドラマをいかに伝えるかに悩む。自身の記憶を振り返ればいい思い出だが、その時は必死で球児を追いかけるしかなかった。

1980年前半その頃、やけにスター選手がいた。蔦監督率いる”やまびこ打線”の徳島・池田高校でエースだった水野雄仁(元巨人)、PL学園の桑田真澄、清原和博のKKコンビ、Y校(横浜市立横浜商業高等学校)の三浦将明(元中日)や東北高の佐々木(元横浜・シアトルマリナーズ)、中京の野中徹博(元阪急ほか)、紀藤真琴(元広島ほか)など挙げれば切りがない。すでに20年以上も前のことながら、今だに現役を続けている清原と桑田には頭が下がる。

とはいえ、近年もスターが生まれていないわけではない。早実から早大に進んだ”ハンカチ王子”こと斎藤祐樹投手、今年、大阪桐蔭から日本ハム入りした中田翔内野手に仙台育英からヤクルト入りした佐藤由規投手らは、今後の野球界を背負って立つ逸材だろう。とくに斎藤のスター性はグンを抜く。少し前は早慶戦でもガラガラだった神宮球場をたった1人で満員にしてしまうのだから、その魅力は計り知れない。プロ入りするかはわからないが、肩、ヒジに故障なく大学生活を送ることができればその確率は高まるだろう。

いずれにしてもこの甲子園という大舞台を経験した選手は、人間的にもひと皮剥けるのは確かだろう。大学やプロへ進んで成功するしないは、その人の運も大きく左右するだろうが、あの独特な雰囲気の中、たぶん、初めて全国から注目されてプレーできたことで、「自分はやれる」と思うようになる。一説には東大へ入るより難しいといわれる甲子園出場を果たした選手は、自分の中にかけ替えのない自信という「宝物」を手に入れるのだ。

>>アメリカで甲子園に替わるものとは?>>