読者の心に“自由”をインストールする

ハルムスの世界
<DATA>タイトル:『ハルムスの世界』出版社:ヴィレッジブックス著者:ダニイル・ハルムス価格:1,995円(税込)
まずハルムスは、言葉や出来事から重さをなくしてしまいます。例えば死。「落ちていく老婆たち」では次々と老婆が窓から落ちて死ぬのですが、その様子を見ていた“私”は最後に飽きて別のところへ行く。男がきゅうりで殴られて死ぬ1編や、鼻から出てきた小さな玉を拾おうとして死神にとらわれてしまうおじいさんの話などもあり、死は唐突に訪れる滑稽なものとして描かれているのです。

逆に、一見、どうでもいい出来事のスケッチが、妙に気になる話もあります。寝ようと思ってうっかりベッドからそれて横になってしまった人が、結局眠れなくなるまでの経緯を追った「ぺトラコフの身の上に起きた出来事」。ある人がポーランド風のパンを買った人とすれちがう「出会い」。語り手がどんどん語る対象を変えていき、最後は自分のせいでつるつるのはげになってしまった女の話をする「交響曲第二番」

3編に共通するフレーズは〈それだけのことだ〉。確かにそうとしかいいようがない、オチのないショートショートです。ただ、〈それだけのことだ〉なんて突き放されると、それだけじゃないんじゃないかと疑って、じっくり観察してしまう。どんな言葉でも真面目にとらえ鵜呑みするのが独裁者にとっての良い民だとしたら、深刻な言葉を軽く受け流し、どうでもよさそうな記述を目に留まらせるハルムスは、害悪をもたらす人間かもしれません。

なにより面白いところが、害悪なのでしょう。ロシアを代表する文豪ゴーゴリに〈やな感じ!〉といわせたり、同じく文豪であるプーシキンにつまづいて転ばせたりする「プーシキンとゴーゴリ」、薪を割ろうとする人に何度も何度も〈ポン!〉と声をかけて邪魔をする「ポン!」、前後の文章が矛盾しながら無限にループしていく奇妙な手紙「〈親愛なるニカンドル・アンドレエヴィチ〉」……。この本の扉を開けば、有名無名関係なく、可笑しくてチャーミングな人びとに何人も出会うことができます。その可笑しさが、一人ひとりちがう。

一人ひとりがちがう、というところも、当局に危険視された原因かもしれません。管理する側にとってみれば、みんな同じのほうが都合がいいからです。言葉の使い方も作中で起こることも通り魔のようなハルムスの作品は、決まった型におさめることが不可能。読むと、小説って何を書いてもいいんだな、どう読んでも自由なんだなと思います。

読者のみなさん、ハルムスの世界を体験してみましょう。気分よくはならないかもしれないけれど、きっと現実の見え方が変わりますよ。



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