行き止まりに見える現実の向こう側へ!
<DATA>タイトル:『拳闘士の休息』出版社:河出書房新社著者:トム・ジョーンズ訳者:岸本佐知子価格:945円(税込) |
トム・ジョーンズの小説のなかにいる人たちは、壊れているけれど、どこか明るく、ときに崇高である。例えば「シルエット」に登場するウィンドウ。特殊教育クラスの生徒で、人並みはずれて内気な少年だ。彼が通う学校の用務員である語り手は、何かと気にかけて、仕事の世話をしてやる。ところが、ウィンドウは癇癪持ちで男関係がだらしない女の子に恋をしてしまう。あの女はやめておけと諭しても耳を貸さない。
怒った語り手が〈(頭の中ををお留守にして)宇宙の果てまで行っちまったのかと思ったよ〉というと、〈ちがう。ウィンドウはきょうは地球にいる〉と答えるところがかわいい。ウィンドウの純真無垢な魂は、不良娘との生活を経て荒んでいく。やりきれない。だけど、ラストシーンで印象が変わるのだ。そこに描かれているのは、ルーティンワークだ。ただしウィンドウにとっては、少しだけいつもと違う。そのささやかな違いが、“今ここ”に広がりをもたらしている。
他の作品の登場人物もみんな忘れがたい。トレンチコートを着たサタンと〈紫の領域〉を幻視し、死の1インチ手前に救いを見出す「ブレーク・オン・ザ・スルー」の兵士。軍隊の精神病棟で、未来の日記を書く「黒い光」の主人公。自分の本性に抗えず、真実の愛を捨てた「ワイプアウト」の女たらし。人間の駄目さ加減に絶望しながら生かすことをやめられない、「蚊」と「七月六日以降、当方自らの債務以外、一切責任負いません」の医師。「わたしは生きたい!」と意志表明して、進行中のガンと闘う老女。死にかけた「白い馬」を救うことで、自分を取り戻すコピーライター。アル中病棟から弟子を送り出す「ロケットマン」の元チャンピオン・ボクサー……。
どん底にあっても、彼らは〈生への意志〉を失わない。苦痛に満ちあふれた世界に悲鳴をあげながら、同時に嗤ってもいる。その言葉に触れると、行き止まりに見える現実の“向こう側”へ、突き抜けられる気がする。