ガイドが2009年に読んだなかから、自信を持ってオススメする「三つ星」本を御紹介します。第1弾はめでたく復刊された『拳闘士の休息』。

祝・復刊!

拳闘士の休息 (河出文庫 シ 7-1)
<DATA>タイトル:『拳闘士の休息』出版社:河出書房新社著者:トム・ジョーンズ訳者:岸本佐知子価格:945円(税込)
病室から笑い声が聞こえてきた。二十年ほど前、父が入院していたときの出来事だ。内臓のあちこちを切るような大手術をした直後。学校の帰りに寄ったわたしは、もうそんなに元気になったのかと驚きながら中に入った。違った。父はのたうちまわっていた。何もおかしいことはなく、あまりにも痛くて笑ってしまうのだという。ガラス扉を素手で叩き割って血まみれになっても平気だった、乱暴者の父が。

つられて笑う母、笑いながら今度は怒りだす父、ぽかんとしている自分。すっかり忘れていたのに、『拳闘士の休息』を読んだら記憶が甦ってきた。理解しがたい苦痛に遭遇した人間にしかわからない感覚があるんだと思ったからだ。

『拳闘士の休息』は、トム・ジョーンズのデビュー短編集だ。長らく入手困難だったが、今年めでたく復刊された。表題作は、1993年にO・ヘンリー賞を受賞した。語り手の「俺」は、元海兵隊員のボクサー。ベトナムで体験したことを回想し、「拳闘士の休息」というタイトルの彫刻に思いをはせる。血を見るのが大好きな王侯に召し抱えられた、古代ギリシアのボクサーの像だ。「俺」は拳闘士の表情に、命がけの殴り合いを生業にする人間ならではの倦怠と諦念を読みとる。国家によって戦場に派遣され、帰還後は癲癇の発作に追いつめられている己の姿と重ねているのだ。「俺」が苦しみの果てにたどりつく境地の静けさに衝撃を受ける。

苦しみの果てに、恍惚にいたる者もいる。