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青春恋愛小説の名作『うたかたの日々』(2ページ目)

夏休みは名作をあらためて読むチャンス! 難病+純愛+おしゃれ。今読んでもちっとも古くない『うたかたの日々』を紹介。

石井 千湖

執筆者:石井 千湖

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御伽噺の世界にただよう死の気配

日々の泡
こちらは新潮文庫ヴァージョン。訳は違うが内容は同じ。読み比べてみるのもいいかも!
コランはあらゆる苦しみと無縁の存在に見えるけれども、最初から彼の周囲には死の気配が漂っている。例えば、コランは友達をもてなすため、部屋にホルマリンの瓶を置く。その中では、ヒヨコの胎児がバレエのようなポーズをとっている。他にも剥製のてんとう虫や皮を剥かれた羊の頭など、動物の死体が装飾として描かれる。また、クロエとの初デートの場面。彼らはシナモン・シュガーの味がするバラ色の雲に包まれて街を散歩する。ふたりが眺めるショーウインドーの中では、大男が子供たちの首を切っている。ロマンティックなシチュエーションで出てくるだけに、残酷さが際立つ。

それから結婚後、クロエが倒れたという知らせをスケート場で聞いて慌てて帰り支度をするコランは、ロッカーの鍵をなかなか出さないボーイを殺してしまう。スケート靴の刃で顎の下をえぐりとって。でもコランは身のまわりにいくつ死体があろうがまったく意に介さない。彼にとって重要なのは、クロエの命だけだ。

クロエを蝕んだのは、肺に巣くった睡蓮の花。この奇病の治療法は、花に囲まれること。病んでもなお乳房に睡蓮の青い花冠が透けて見えるなど、クロエは美しい。コランはクロエを助けるために花を買い続け、全財産を使い果たし、お金がなくなると働きに出る。終盤、彼がやっとのことで病室に花束を持っていくシーンが悲しい。クロエはなりふりかまわず自分の輝く髪の毛のまわりに螺旋状に拡がっているリラの花の匂いをガツガツとかいでいたから。

御伽噺のような世界の中で、病人の生への執着だけがリアルに感じられる。ヴィアンは長年、心臓に欠陥を抱えていたという。若い頃から病に苦しみ、死を身近に感じていた。だからこそ、この世に存在しない美しい病気を作り出すと同時に、病人の悲しさも描けたのではないだろうか。

<DATA>
タイトル:『うたかたの日々』
出版社:早川書房
著者:ボリス・ヴィアン
価格:630円(税込)

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