ともだちができない男、パリをうろつくエマニュエル・ボーヴ『ぼくのともだち』
1924年にフランスで出版され、初版から80年以上経った2005年に初めて日本語版が出た。外国の古い小説にもかかわらず、主人公は現代の日本にもいそうなキャラクター |
目覚めるといつもぼくの口は開いている。なんだか歯がねっとりしている。夜、寝る前に歯を磨けばよいのだろう。でも、そんな元気のあったためしがない。
冒頭の文章を読んだだけで、自分の歯もねっとりしているような気分になってくる。きもちわるい。でもなぜか、ぐいぐい引きこまれてしまう。
本書は1924年にフランスで出版された小説だ。本国だけではなく複数の言語に翻訳されて広く読まれているそうなのだが、初版から80年以上経った2005年に初めて日本語版が出た。舞台はパリ。寝る前に歯を磨く元気すらない男、ヴィクトール・バトンは、第一次世界大戦で負傷し、傷痍軍人年金だけで生活している。下町の古いアパートで一人暮らし。隣室の女性に「好きだ」と言えば笑われ、同じ階に住む男性には「怠け者が!」となじられ、その娘に話しかければ逃げられる。働かないでぶらぶらしているし、いつも他人をじろじろ見ている。ほかの住人には、ちょっとあぶないやつだと思われているのかもしれない。変質者が現れるとか、妙な事件が起こったらまっさきに疑われるような。
近所の人に疎まれても、バトンは前向きだ。アパートの外に出て、果敢に誰かに話しかける。本当のともだちが欲しいから。もっとも自分の嘆きを親身になって聞いてくれるのなら情人だって一向に構わないらしい。なんだか偉そう。章タイトルになっているのは、ともだちを求めて彷徨う彼が出会った人々の名前だ。小さなカフェの女主人リュシー・デュノワ、失業したばかりのアンリ・ビヤール、船乗りのヌヴー、お金持ちのムッシュー・ラカーズ、歌手のブランシュ。はたして彼にともだちはできるのだろうか?
次のページは、本当のともだち探しの行方を紹介します。