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『ハルカ・エイティ』(2ページ目)

戦争の足音が聞こえてくる時代に女学生時代をすごしたハルカ。戦中、戦後を、妻として嫁として母として、そして女性として懸命に生きた女性の一代記。

執筆者:梅村 千恵

■登場人物たちにけっして「説教」させず、物語を読ませる筆力に著者の本領を見る

 この作品は、いわゆる女性の一代記である。だが、ハルカは、その手の作品にありがちな、自分の感情にのみ従い、奔放に生きた女性ではない。女性の選択肢が限られた時代にあえて時代に逆らったのでもない。少なくとも表面的には、その時代の中産階級の女子としては典型的な生き方をした女性だ。「女」という性にのみ振り回されるのでもなく、娘として、妻として、嫁として、母として、自分の「役割」をごく自然に受け止め、それをこなすことにもちゃんと尽力している。しかし、本作は、そうすることの大切さや重要性を 語るといったプラグマティックなものではけっしてないのだ。

 ハルカは、けっして、本人にも周囲にも読者にも説教をしない。「前向きに生きろ」だとか、「きちんと生きろ」だとか「自分らしく生きろ」だとか、一切語らないし、思わない。ハルカのものの捉え方は、確かに前向きだが、彼女は(著者は、というべきだが)、そういう発想のみを是としているわけではなく、まったく逆のネガティブ発想の達人である妹・時子に対しても、一種の肯定的な視線を送る。
 
 「こうすれば、こんなステキな老人になれますよ」という答えが欲しいなら、小説でなくてもいい、別のメディアを見ればいいのだ。
ハルカとともに、ほろっときたり、ずきっときたり、鼻歌でも歌いたくなるほど陽気になったり、笑ったり・・・。それでいい。それがすごい。それが、筆力というものだ。物語を読む至福を与えてくれる一冊である。

 ハルカもいいが、周囲の登場人物たちがなんといっても魅力的だ。「どんがらがっちゃどーん」と思い切り戸をあけて「えらいことでっせ」とハルカの嫁いだ先に登場する隣家の恵美子(大阪に現在も生息する伝統的なタイプです)、それぞれにプロレス、阪神タイガースと老いて夢中になれるものをみつける超オシドリ夫婦の義父と義母。夫・大介もいい。浮気男ではあるが、ハルカが「女性」として別の男と接していたことを知ったときの彼の言動は、ぜひぜひ、男の方に読んでもらいたい。書いてしまうともったいないので書かないが、こんなこと言われたら、ぜったい、「こっち」を選びますぜ、普通。

 著者ご本人は、まったく意に介しておらないとは思うのですが、どうか、この作品で、何か大きな賞がいただけますように・・・『受難』『ツ、イ、ラ、ク』の直木賞落選が本当に本当に悔しかった私は、切にそれを願っております。

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