■「真相」は関わった者の数だけ。そして、彼らの内で「事件」はいまだ続く
質問の答える者たちは、まず、不特定多数にとっての「事件」(あるいは事故)というものを、それぞれの見聞きしたことや判断も含め語りだす。ところが、存在が特定されない「透明」な存在の質問によって、その事件の「核」の部分について、人々の思考が及ぶと、彼らは、きわめて個人的なことを語りだすのだ。
仲のよさそうな老夫婦を見て、理由のない嫉妬を感じた主婦は、実は不倫関係の恋人があり、非常ビルが鳴り響いたとき、そのことをとがめられているような気がしたこと。そして、その老夫婦を、人々に何らかの警告を与えるためにやってきた不気味な預言者だと考えていること。老人は、当日、身勝手な息子夫婦に怒りを感じていたこと。当日の現場は、やりきれない敗北感がにじみ、憎悪の対象を探すような、そんな雰囲気だったこと・・・
そう、この物語の仲で、事件の真相は、決して一つではなく、この事件にあらゆる形で関わった人々の数だけあるのだ。
そして、事件が解明されようが、解明されまいが、それぞれにとっての「事件」は終わらない。生存者となった娘を教祖にして、宗教団体を始める女、現場に居合わせたことからある脅迫観念にとりつかれ、とんでもない行動を起こすレスキュー隊員。事件の現場をめぐるツアーを企画している若い男・・・彼らも含め、それぞれの人物たちの内で、事件は、それぞれの形で事件は続いているのだ。
■フツーの人々のフツーの行動が引き起こす恐怖。新感覚のホラー小説
読み進むにつれて、それが理解できるにつれ、冷たく湿った恐怖感がどんどん大きくなっていく。それが、事件は終らないわけだから、その恐怖は、簡単には、収束しない。
しかも、とんでもない犯罪者とか、想像もつかない異形のものの、特異な行動によって引き起こされる恐怖ではない。どこにでもいるような人物たちの、概してノーマルな行動によって引き起こされる恐怖なのである。
著者の位置づけは、ミステリー作家であるが、この作品は、一級のホラー小説であると思う。「キャー」とか「わぁ~」とか言うのではないけれど、読後、じわじわと肌にしみてくるような、怖さ。
かなりきます。夏に向かうこの季節、ぜひ、この奇妙にしてリアリティーのある恐怖、ぜひご体験を。
この本を買いたい!
○今、ミステリーといえばこの映画「半落ち」にも注目
○新感覚のミステリー作家にも注目
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