――スネークマン・ショーの功績で、ギャグと音楽が結びつく事が一つの分野として確立されましたが、いわゆるスネークマン・ショーのフォロワー的なものは、ご自身で聴かれたりすることはあるのでしょうか?
いや、あんまりしていないですね。
――3人以外にも、特に女性の場合、ストーリー的に必要で登場している方がいますよね。『愛の野球場』の島津冴子さんには、隠れファンの多いみたいですが、最初持っていった時に、「こんなのいやよ。」と嫌がられませんでしたか?
それがね、私はね、過去の記憶がどんどん消えるタイプでね。ほとんど覚えていないんですよ。
――では、どういうご縁で、島津冴子さんとかは参加されたんでしょうか?
普通に考えれば、たぶん、伊武ちゃんが紹介してくれたんではないかと思いますね。ほとんど、女性陣は、伊武ちゃんが紹介してくれましたから。
――で、台本があって、やってみてくださいという感じだったんですか?
伊武ちゃんも連れてくるなりには、それなりのものがあって連れてくると思うんですよ。レコードの時は、オーディションとかやったかもしれないですね。ラジオの時は、もう、制作費もないし。よっぽど、好きじゃないと、みんな安いギャラでやって下さっている訳じゃないですか。おもしろくないと、やってくれないですから。やっぱり、好きな人しか、来なかったと思うんですよ。
――咲坂守、畠山桃内、ジャンキー大山、といった登場する名前は、誰が考えているか、以前から気になっていたんですけど。
ジャンキー大山は、僕がつけたと思いますね。咲坂守、畠山桃内も、その時は、ちゃんとなんか理由があって、そうなったんですが、忘れちゃいましたね。伊武ちゃんは台本をきちんと書かないと、芝居しない人なんで、伊武ちゃんが書いていく横で、言葉で台本を作っていくんですよ。克也さんの方は、わりと瞬発力の人なんで、メモ程度という感じですか。でも、伊武ちゃんの影響もあって、克也さんも、お芝居的な事がおもしろくなられたんじゃないですかね。
それぞれのとんでもない力が、どんどん出てくるといいましょうかね。追い込まれていきますからね。おもしろいものが作れない、番組が放送できない、どうしよう。胃が痛くなってくるんですね。自分は制作責任者ですから必死ですよね。