そして、その戦略の頂点として世に輩出されたのが“スリラー”のPV。
それは、PV史上初とされた10分以上に渡る(スイマセン、正確な時間は忘れてしましました)、超大作。
(前述『ベストヒットUSA』においても、約1ヶ月以上にも継続しその制作情報を伝え、番組放送もスペシャルなものとして伝えていました。)
『狼男』をモチーフとしたそのショート・ホラー作品は、特殊メイクも当時の最先端の技術を活用するなど全てに関して完璧に演出され、制作費も映画と同様の予算を投下。
その映像は、当時中学生だった僕が布団の中で恐怖に慄くほどの力作だった。
そして、あの有名なフックの部のダンスシーンもハリウッドのミュージカル映画に劣る事無い程完璧な仕上がりだった。
(昨年末『MTV』にて放送されたノーカット版を見たのですが、あの興奮がまた蘇りました)。
それ以外となるPV作品でも常に彼は僕らがあっと驚くような新しい演出に取り組んできた。
“ガール・イズ・マイン”ではポール・マッカートニーと共演、“BAD”ではスリラーをも凌駕するミュージカルシーンを、“ブラック・アンド・ホワイト”ではCG合成技術の最先端としてもモーフィングを活用、“スクリーム”では妹ジャネットと共演、など常に音楽シーンの最先端に君臨し数々の話題を提供し続けたのです。
以上、映像作品からマイケルの活躍を解説してきましたが、では最後に音楽的な部分を再検証。
ジャクソン5として活躍したモータウン時代と一線を画し、ソロ活動を始めてからの彼の音楽性は、ポピュラー・シーンに歩み寄りを始め、ブラック・ミュージック・シーンの本道とはまた異質の世界に迎合していった。
また『DANGEROUS』以降は、本人以外の外部プロデューサーの力に頼る部分が多くなり、彼の持つオリジナリティーさえ損なわれた感も拭えない。
そうした彼の<ポピュリティー>のような部分から、純粋なR&Bフリークからは敬遠されるような状況が生みだされていることは事実として拭えない。
が、その原点として残された作品を再び検証してみると、マイケルが行なったそれらの行動は、ソウル(R&B)が70年代という過渡競争を通過し新たなる方向に進むべき時代の分岐点に差し掛かった瞬間の起爆剤であったのは否めない事実であり、エポック・メイキングな活動として今なおその価値は失われていない気がする。
全世界で4500万枚以上のセールスを残し音楽史に輝かしい記録を樹立した『スリラー』。
一流のセッション・ミュージシャン(ジェフ・ポーカロ、デビッド・フォスター、etc)により隙のないビートが刻まれ、一流のゲスト・ミュージシャン(エディー・ヴァン・ヘイレン、ポール・マッカートニー、スティーブ・ルカサー、ジャネット・ジャクソンetc)が重厚な音の壁を固め、マイケルの時にはアグレッシブで時にはスイートな抑揚の聴いたヴォーカルが交錯していく。
その全所で参加ミュージシャン同士が全身全霊でぶつかっている姿勢を垣間見る事が出来る。
そしてそのモンスター・アルバム『スリラー』の原型ともなる『オフ・ザ・ウォール』。
この作品の存在を決して忘れては成るまい。ここには『スリラー』のルーツともなるDNAがすべて残されており、ソロ・シンガーとしての彼のスタイルの原点が全て詰め込まれているのである。
(次ページに続く)