その一三先生が一番愛情を注ぎ、発展を楽しまれたのが宝塚歌劇団でしょう。
「おもひつ記」は、宝塚歌劇の雑誌『歌劇』誌に掲載された一三先生のエッセイ。その全文が書籍となったのはこれが初めてです。
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掲載時期は、戦後翌年の昭和21年5月号から昭和32年2月号まで。
なお一三先生が他界されたのは、昭和32年1月25日でした。
内容の多くは宝塚歌劇団に関するものですが、映画、歌舞伎、新派、日本舞踊、オペラ、東宝ミュージカルなど、この時代の日本演劇界を知り得る貴重な演劇史とも言えます。
また一三先生が「新しい上質な喜劇を…」という思いで秋田實氏と立ち上げ、ミヤコ蝶々さんやいとし・こいしさんら多くの喜劇役者が在籍し、歌劇団生徒も出演していた宝塚新芸座についても多くを語られています。
そして思わず「さすが!」と感嘆させられる企業家としての横顔、名言が随所に感じられます。
「おもひつ記」は、思いのまま筆を走らせた“日記”というイメージを受けます。
公演をご覧になっての感想は「ツマラナイ」「イケナイ」「失望」「これでは生徒が可哀想だ」などと率直に書かれています。ただ批判するだけではなく「私ならこうする」というアイデアも豊富。
スタッフなど劇団関係者への厳しい言葉の底に、一三先生の期待と愛情が感じられます。