世の中の仕組みをしれ『女王の教室』は、成績を重視し上位の2人はロッカーの使用など特権を与えられます。また、たとえ成績がよくても「私に逆らっている限り、罰を与えますからね」。これは、優秀なものはいい目にあえるが、優秀でも上に逆らえば冷や飯を食わされる現実社会の反映で、「悪いことをしたら当然、罰は与えられるべき。それは学校だけじゃなくて、社会にも通用するルールですよね」。 『ドラゴン桜』の桜木(阿部寛)はともかく「東大に行け!」。父の借金で苦労する矢島勇介(山下智久)に「日本のルールは東大を出たやつが作っている、このままでは搾取されるばかり」だから「東大に行け!」。 またケンカをして警察に補導されても「始末書を書けばすぐに解放されるけど、無実を訴えれば48時間勉強できなくなりムダ」とアドバイス。 そして「龍山高校から東大合格者を出す」といっているのも、あくまで自分の弁護士としての将来のためにしているのだという目的の明確さ。 いままでの学園ドラマや実際の教育現場は「成績が悪くてもいいところはある」など理想主義的になりがち。それがきれい事に見えて説得力に欠けるところがあります。 しかし『女王の教室』と『ドラゴン桜』は極端なまでに現実的。それが妙な説得力になっています。 お前らは何もわかっていない自分たちの考えを生徒たちに押しつけていくのも共通しています。『女王の教室』ではルールを破ったものには「自主性や自由とか言って大人が放っておいたら、子供は自由と非常識を混同するだけです、悪いことが何かがわからなくなる。罪を犯したら必ず罰を与えられるという恐怖感が必要。」と厳しい罰を与えます。 しかし阿久津先生のいっていることが100%正しいかというとそうでもありません。 見ててつっこんだのは「どんなに立派な会社でも、ちゃんと仕事をしているのは全体の30%ぐらい、あとの50%は何もしてないのと同じだし、残りの20%に関しては、人の足を引っ張っているだけ。問題は一生懸命やっている人も、足を引っ張っている人を見ているうちにバカバカしくなって何もしなくなること」という部分。 これは「働きアリの法則」といわれるものだと思いますが、普通は働かない20%を切ってもまた新たな20%が生まれるだけと続くはずです(だから全体を底上げしなくてはいけない)。 完璧な阿久津先生にも穴があるのか、それとも意図的に間違えているのでしょうか? 『ドラゴン桜』も「お前らは本当に何もわかっていないバカだ」と挑発的な言葉で攻めてきます。また、自分でいうだけでなく、生徒のピンチも利用します。 勇介には父親の残した借金を返せそうにないという状況、水野直美(長澤まさみ)には小料理屋で酔客の機嫌をとる母親と同じことをしなくてはいけないのかという絶望、奥野一郎(中尾明慶)は優秀な双子の弟のためにしていたことが弟に疎まれていたという現実。 そういう状況を利用して東大合格のための特進クラスに引きずり込んでいきます。 また、悪い状況の時に目を閉じてもなにも変わらない、現実を直視しろというのも『女王の教室』『ドラゴン桜』共通フレーズです。 ・もう一つの共通点はもっとも重要 |