配偶者、子供、そして家族。私たちにとって、
「子供」や「家族」を持つということは
責任の完遂を前提とした、社会と自分への
コミットメントなのだと思う。
時として苦しい、そのコミットメントの葛藤を描く
重松作品は、「家族小説」というジャンル名を与えられ、
発表のたびに「家庭人」たちの心を震わせる。
「家族小説」というジャンル
直木賞受賞作「ビタミンF」 |
そんな大衆的(世俗的?)ともいえる評価を受けて、少年少女から家庭の主婦、定年男性までが読んで涙し、共感する、重松清の作品群。直木賞受賞以前からの長きに渡るファンも多く、フリーライター出身ならではの引き出しの豊富さ、多作でも知られる。
「年代が一緒」「受験に出るから」「子供の気持ちを知りたくて」。きっかけは何でも、どの作品からでもいい。文庫短編集が多いから、どれか一冊本屋の店頭でページをめくってみて欲しい。そして琴線に触れたタイトルを読み始めてみて欲しい。そこにあなたが描かれていないか。あなたの配偶者が、あなたの娘、息子、父や母やきょうだいが描かれていないだろうか。
中高生の少年少女を題材にした作品なら、かつてのあなた自身や娘・息子の未来が描かれていないだろうか。学校での不快と愉快、友人たちとの葛藤、性、親との対立と妥協。時として戦慄するような「いじめ」さえも詳細に描き、いじめられる少年少女の心理のなかに最後の自尊心の糸をもすくい取る。(『ナイフ』収録「ワニとハブとひょうたん池で」「ナイフ」、『ビタミンF』収録「セッちゃん」)
配偶者との関係や家族関係を題材にした作品なら、どれか一つは身につまされたり、しまいこんだはずのいつかの記憶をくすぐられたり、眼前の問題との既視感を感じたりするかもしれない。(『ビタミンF』収録「パンドラ」「なぎさホテルにて」「母帰る」、『幼な子われらに生まれ』、『見張り塔からずっと』収録「扉を開けて」)そこには「もしかしたらあり得たかも知れない別の人生」を想う心や、子を失った母、離婚、再婚家族の葛藤や哀しみ、自己崩壊がつづられていく。
38歳、いつの間にか「昔」や「若い頃」といった言葉に抵抗感がなくなった。40歳、中学一年生の息子としっくりいかない。妻の入院中、どう過ごせばいいのやら。36歳、「離婚してもいいけど」、妻が最近そう呟いた……。一時の輝きを失い、人生の“中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール。「また、がんばってみるか……」、心の内で、こっそり呟きたくなる短編七編。直木賞受賞作。
三十七歳の私は、二人目の妻とその連れ子の二人の娘とありふれた家庭を築く努力をしていた。しかし、妻の妊娠を契機に家族の関係にひびが入る――。「家族」とは何かを問いかける長篇小説。
発展の望みを絶たれ、憂鬱なムードの漂うニュータウンに暮らす一家がいる。1歳の息子を突然失い、空虚を抱える夫婦がいる。18歳で結婚したが、夫にも義母にもまともに扱ってもらえない若妻がいる…。3組の家族、ひとりひとりの理想が、現実に浸食される。だが、どんなにそれが重くとも、目をそらさずに生きる、僕たちの物語―。「カラス」「扉を開けて」「陽だまりの猫」。
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