1本の針によるかつてない新しい時の表現

クンツ・ポートレイト
現代の天才時計師の一人に数えられるピエール・クンツは1959年生まれ。フランク・ミュラーのウォッチランドでその才能が認められて自身のブランドを創設。2002年に初コレクションを発表した
ピエール・クンツといえば、針が反復運動をして時刻やカレンダーなどを表示するレトログラード機構がなんといっても有名だが、「スピリット・オブ・チャレンジ」をブランドの標語に掲げているように、ユニークなコンセプトはもとより、伝統的なスタイルにとらわれない複雑機構とデザインにその挑戦的な姿勢がよく表れている。

ピエール・クンツ「インフィニティ ルーピング」
1本の針(写真の12時位置)のユニークな運動で時刻を表示する「インフィニティ ルーピング」。18Kグレイゴールド・ケース、直径44mm、自動巻き。299万2500円

インフィニティ・ルーピング
針を動かしてループ運動を確認。歯車に沿って移動する様子がわかって楽しい
毎年スイスで開催される時計展示会では、ピエール・クンツが挑戦した「問題作」を見るのがすっかり楽しみになった。さる4月にジュネーブのW.P.H.H.で発表された「インフィニティ ルーピング」は、またも時計の常識を覆すモデルである。

まず、写真をじっくり見ていただきたい。文字盤には小さな針が1本しかなく、これが中央の大きな固定歯車に沿って進みながら時を示すという仕組み。針に時針や分針といった役割の区別はなく、一筆書きのように描かれた数字目盛と対応させて現在の時刻を読み取る。しかもこの針自身もゆっくりと回転し、偶数の時間から奇数の時間に移動するにしたがって宙返りのように逆を向くから好奇心を掻き立てられる。

ピエール・クンツ「インフィニティ ルーピング」
「インフィニティ ルーピング」のスポーツウォッチ・バージョン。ケースはステンレススティールにブラックPVD。文字盤もブラックにレッドのほか、イエローやグリーンの組み合わせがある。直径44mm、自動巻き。152万2500円
前代未聞のコンプリケ-ションとはいえ、原理としては意外にもシンプル。数学や幾何学の話になって恐縮だが、これは、円に外接して回転するもう一つの円が軌跡を描くエピサイクロイドと同じ。つまり、センターから伸びた60分で文字盤を一周する分針の先に小さな歯車を取り付け、それが固定歯車に噛み合って移動と回転を同時に行うことにより、エピサイクロイドの無限ループ曲線が生成されるわけだ。この革新的な仕組みをデザインの主役にして見る者を驚かせ、目を楽しませるあたりがピエール・クンツのまさに真骨頂だ。

このモデルは、もちろん機械式時計として非常に精密に作られているが、何時何分何秒と細かい単位で時刻を正確には読み取るには向いていない。むしろユニークな針の動きによるゆったりとした時の流れに身を任せ、余裕をもって時を楽しむようにピエール・クンツは提唱しているのではないかと思う。そんな気がしてならない。

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