機械式時計の復活前夜

パテック フィリップ キャリバー89パテック フィリップ キャリバー89裏
パテック フィリップ キャリバー89表パテック フィリップ キャリバー89裏
1980年代の終わりから1990年代の始めにかけて、ジュエリー関係の取材でヨーロッパを訪れたときのこと。時計の時代が再び訪れる予感がした。ここでいう時計とは、伝統的な機械式時計のことである。それがなぜ「復活した」になるのか現在ではピンとこないかもしれない。それには少し背景の説明が必要だ。

1980年代当時はまだまだクォーツ時計が大半を占めており、機械式時計はほんとうに少なかった。1970年代以降、クォーツ時計が世界の時計市場のいわばスタンダードになって以来、機械式時計は衰退の一途をたどっていたのである。歴史と伝統を誇るスイスの時計メーカーは、何世紀も受け継がれてきた貴重な技術をみすみす手放すわけにはいかなかった。実際、世界にはまだクォーツ以前の機械式時計を愛好するファンが多少でも残っており、そうした顧客向けに時計が作られていた。

パテック フィリップの現社長フィリップ・スターンから、「当時のパテック フィリップはごく一部の機械式時計マニアの知る人ぞ知るブランドという印象だった」という話をうかがったことがある。彼の総指揮のもとで、パテック フィリップが1989年に「キャリバー89」という世界で最も複雑なモデルを発表したのは、人々が忘れかけていた機械式時計を再び「知ってもらう」ためだったという。

同じ頃、スイスの老舗からポツポツとトゥールビヨンやパーペチュアルカレンダーといったコンプリケ-ションが発表されるようになったのを見て、筆者も「これは、もしかしたら」と感じていたのだが、一方では、クォーツ時計にすっかり慣れ親しんでしまった私たちが昔ながらの機械式時計に対してどれほどの関心を示すのか、正直なところ先行きはまったく不透明であった。

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