一生現役レーサー


山野さんのここまでの道のりは、決して平坦ではなかっただろう。「原点は運転への憧れです。父の転勤で、15歳で東京からロスに渡りました。ロスでは16歳から免許が取れたのがラッキーでした。ボクのアグレッシブな走りは、その頃磨かれたのかもしれません」と笑う。

「ボクのアグレッシブな走りは、ロスに居た10代後半に磨かれたものかもしれませんね」。

「20歳で日本に戻り、大学卒業後本田技研工業に文系で入社。週末にはサーキットに行って、ジムカーナやシビックレースに参戦していました。ただプロのレーシングドライバーとして食っていくのは、ホンの一握り。半ばあきらめていました。けれど世界のレーシングドライバーをクールに見ていくと、レース以外にもタイヤやサスペンションのテスト、ドライビングスクールなど、ニーズがあることが分かってきたんです。そうこうしている内に、テストドライバーとしての声もかかるようになり、プロの道を歩み始めました」。

「ただそんなテストドライバーになれるのも、ホンの数人。レースの第一線で活躍することが必要です。『勝つ』ことで『信頼』を得られる。そしてレースで得たノウハウを提供する。ボクじゃなければ勤まらないことが、仕事のモチベーションになっています」。

「ボクじゃなければ勤まらないことが、仕事のモチベーションになっています」。

レーシングドライバーとして頂点を極めた山野さんだが、さて次の目標は「市販車が好きなんです。市販車の開発につながるような実績を作っていきたいです。ボクのことを知らないお客さんが、ボクの開発したクルマに乗って喜ぶ。そんな夢があります」。そして山野さんは「そのためにも、現役でどれだけやれるか挑戦していきたい。生きているうちには抜かれない位の記録を作っていきたいです」と力強く言った。

「現役でどれだけやれるか挑戦していきたい」と山野さんは力強く言った。

(写真・文 松本明彦)

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