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公立の小学校で日本語を教える先生~前編

公立の小学校で日本語を教えている一美先生にインタビュー。教師の今はもちろん、交換留学や日本語教師のアシスタントについの経験も。

執筆者:溝口 弘恵


アメリカで子供をもつ日本人の親なら、どうしたらよいのか悩む日本語教育。今回は、そんな悩みが解消されるきっかけになればと、実際に日本語を教えている先生にインタビューさせていただいた。もちろん日本語教師を目指す方にもとっておきの情報である。コネチカット州にある公立小学校Maloney Interdistrict Magnet Schoolで日本語教師として勤務されている山下一美さん。彼女が日本語教師になったきっかけや、アメリカで教師として勤務するようになったいきさつなどを語っていただいた。実際にアメリカの子供たちに、日本語を教えている方から日本語教育の大切さを紐解いていただくので、子供に日本語を教えるべきか迷ってる親にとって、とても深い言葉である。
一美さん
一美さんの教えてるクラスには、日本人の子供はいないのだとか。


高校の先生が日本語教師としてのチャンスを与えた

ガイド:
まず日本語教師を目指したきっかけは何ですか?

一美さん:
私は小さいときから、やりたいことはやりたいとはっきり言うタイプでした。田舎だったせいか、出る杭は打たれるみたいなところがありましたから、ちょっと浮いてたかもしれません。大学は国際関係に行きたかったのですが、「あなたには、ぜひ日本語教師になっていただきたいわ」と、高校3年生のとき担任だった国語の先生に言われたのをきっかけに日本語教師を目指すようになりました。大学は筑波大学で日本語教育を専攻しました。

ガイド:
英語は、どうやって学んだのですか?

一美さん:
高校1年のとき担任だった先生が、YOUTH FOR UNDERSTANDING (YFU)で交換留学した経験のある先生だったので、私もその影響で交換留学することになりました。高校2年の夏から1年間、ミシガンへ。その地域には留学生以外、ほとんど日本人がいなかったので英語ばかりで過ごしました。しかもホームステイ先ではYFUの方針で、ホームシックにならないため、そしてホストファミリーと良い関係を築くためにも、家にはなるべく電話しないように言われ、家族のいる日本への連絡は手紙だけでした。

ガイド:
学校は楽しかったですか?

一美さん:
現地の高校に行ったけど、英語をしゃべれないから友達もできなかったです。英語がしゃべれないと馬鹿なんじゃないか?って思われるんですよねぇ。でもホストファミリーがよかったので、家にいるのが楽しかったです。ホストシスター(長女)が1歳年下で仲良かったですし。ホストブラザー(長男)は、7歳下で弟みたいで、彼らとは本当の家族のようして過ごしたんです。ホームステイではホストファミリーとの相性という問題もあるから、中にはホストファミリーがあわなくて変更する人もいるんですよ。

受け入れ先のホストファミリーを変更するのにも、YFUはきっちりした機関なので、まずカウンティー(郡)の中で相談してくれる人(ボランティアベース)がいて、何かあったらすぐに相談にのってくれるんです。アメリカへ行く前に、オリエンテーションも東京で3回くらいありました。留学への心構えや英語、帰国生もボランティアで参加して、相談にのってくれるんです。

交換留学でアメリカの学生を受け入れた一美さん宅の話へと続きます。次のページへ。
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