肉食動物には生肉と生き餌

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岩場にたたずむホッキョクグマの「イワン」

「予防」におけるもうひとつ重要なファクターはやはり食餌。先生によれば、動物種によってはその種の動物の飼養研究から生まれたバランス食品を使うこともありますが、基本的にはたくさんの異なる食事を与えることで栄養バランスが崩れるのを未然に防いでいくそうです。

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北海道でも夏は暑ーい! ウンザリじゃー

「動物に合った主食を決めて、それ以外にもいろいろなサプリメントや副食のようなものを与えていきます。肉食動物については馬肉とか、鶏を丸ごと与えています。これをベースにして、豚の骨とか、魚を好むホッキョクグマには魚もあげます。馬肉は人間の食用として生産されたものを輸入して使っていますが、これは入手しやすいため日本の動物園も世界の動物園もおおむね共通ですね。また、繁殖期や健康の改善が必要なときには、生きた鶏とかウサギを与えることもあります。動物福祉上の配慮が必要ですが、それは肉食動物の生理を考えれば自然なことなんですね」(福井先生)

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プールで水遊びをしようか、どうしようか…

しかしながら食用肉ばかりでは、肉食動物が通常食べるはずの草食動物の腸内にある消化途中の植物・穀物に含まれるビタミンやミネラルは摂取できないため、それらをサプリメントとして加えているそうです。中でもヒグマやホッキョクグマは植物質も好んで食べるため、果物や野菜をそのままあげることもあるとか。なかなか勉強になりますね~!
「希少動物は絶滅したら二度と復元することができないし、補充がきかないですから、食べ物にはことのほか気を配って、ふだんから健康の維持管理と病気の予防を行っています」(福井先生)

センチメンタリズムを超越した使命

こうした獣医さんたちの役割を支えるのが、動物たちと日常的に接する飼育係の人たち。かれらの観察による動物たちの健康状態は、毎日福井先生のもとへ届けられてきます。
「正常であれば便の異常はない、食欲はあったという報告が健康日誌として来ますから、それをカルテにして残していきます。万一、異常があった場合には----異常に気づくのはたいてい朝、動物を運動場に出すときなんですけれども、たくさん餌を残しているとか、足をひきずっているとか、なんかだるそうだとかという情報がその場で無線で送られてくる。そうすると私たちは現場に駆けつけてその動物をチェックすることになります」(福井先生)

アムールヒョウの「ビック」
こちらはユキヒョウ、違う種類

その場で緊急事態ということになれば、すぐしかるべき処置をとることになるし、人手や専用の医療機械が必要であれば態勢を立て直して、午後あるいは翌日ということで予定を組んでいくそうです。口で言うのは簡単ですが、中にはトラやクマやゾウなどの大型の動物もいるわけですから、かなり大変な仕事ですよね。

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クロヒョウ「パック」、カンロク十分!

「ゾウが倒れてしまったということもあるし、最近ではオラウータンの3歳の子どもが手を骨折したというのもありました。オランウータンというのは、世界にももう数万頭しかいない希少種ですから、やはり命の重みが違う。どの動物の命も重さは同じと言うけれど、キレイ事だけでは目的を達せられないこともある。そこが動物園の獣医師と町の動物病院の先生との大きな違いです。今にも死にそうなウサギやモルモットを後回しにしても、優先させなければならない希少種の診療というのがあるわけです」(福井先生)

なるほど、それはよくわかります。700頭もの命を預かる獣医さんには、博愛主義やセンチメンタリズムを超越した特殊な「使命」があるということですね。

キリンの麻酔のプロトコロルで学会発表

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オランウータンはお休み中、失礼しました~

それにしてもオランウータンの手術というのは、考えただけでも大変そう。
「野生動物はすべてそうですけど、犬や猫みたいにじっとして注射を打たせてくれません。なので麻酔銃や吹き矢といった飛び道具を使って麻酔をかけ、移動させた後にガス麻酔、あるいは現場で注射麻酔で維持ということになります。手術は通常一人で行うことが多いですが、獣医師が4人いますから、大がかりなものは4人総出で行うこともあります。もちろんリスクはゼロではないですけれども、指をくわえて見ていることはできませんから、精一杯やるしかありません」(福井先生)

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アミメキリンの「マリモ」ちゃん
なかでも麻酔をかけるのが難しいのは、キリンなのだとか…。
「キリンの麻酔というのは非常に難しいですね。国内でも10例あるかどうかだと思いますが、それぐらい思い切りの要ることなんです。なぜかというと首が異常に長い、だから倒れたときに骨が折れたりという事故が起こりやすい。さらに胃が4つある反芻動物なので、麻酔をかけて寝させてしまうと食道と胃の筋肉が弛緩して、内容物が逆流してくるんです。逆流が起きると、当然その内容物で窒息してしまいますよね」(福井先生)

キリンは足の蹄が伸びすぎると歩けなくなるそうで、削蹄が必要になることがあるとか。先生はなんとかキリンの麻酔に成功して蹄を切り、それを学会で発表されました。こうして公開された情報は、キリンの麻酔のプロトコロル、オランウータンの麻酔のプロトコロルという形で蓄積され、世界中の動物園の獣医師たちの間で共有されていくことになるわけですね。福井先生自身も、野生動物の医学書の翻訳や執筆にかかわられたりして、最新情報の仕入れだけではなく「発信」にも力を注がれているとのことでした。

福井先生はこんな話もされました。
「本来野生で生活していれば、原野を駆け回って蹄はそんなに長く伸びることはないわけですから、これは動物園という飼育環境の中で育ったことによる結果ですよね。ですからその意味でも、かれらに負担にならないような予防策や環境づくり、そしてそうなりつつあるときには早期発見・早期治療が欠かせないわけです。それが私たちの使命だと思っています」(福井先生)

失われていく種を維持する

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ミナミシロサイの「ノシオ」、のっしのっしと歩く

動物園の獣医さんにとって、健康管理とともに重要なのが繁殖計画だと思いますが、これについて福井先生は…
「多くの人が誤解されていると思うのですが、いま動物園にいる動物たちの大半は動物園の中で生まれ育った個体なんです。キリンにしてもサイにしてもカバにしてもみんな動物園生まれ。ですからアフリカの現地で捕獲して、無理矢理日本に連れてきて飼育しているということではない。よく野生動物たちのストレスのことを指摘される人がいますが、動物園生まれの動物が野生での生活に戻りたいと恋しがるわけはなく、私たちはかれらにストレスがかからないように十分配慮して飼育環境を整備しているわけです。

そしてこれと同時に重要なのが動物園における野生動物たちの繁殖です。今は動物園で飼育管理された動物を、野生でその種が絶滅したときに動物園から再導入するという計画が世界各国で行われています。日本でも国のプロジェクトとして人の手によって飼育されたコウノトリを自然に戻すという事業がすでに始まっていますね。これは08年にはトキでも始まる予定ですし、動物園で繁殖したツシマヤマネコを野生に戻す計画もあります。こうしたことが可能になるのも、動物園の繁殖技術があってこその話ですね」(福井先生)

こうした計画繁殖がうまくいくよう、獣医さんや飼育係の人たちは、毎日の食事メニューを変えたり量を変えたり、人から隠れられるようなスペースをつくってプライバシーを確保したりと、いろいろな工夫をされているそうです。

ゴマフアザラシの水中遊泳
人気の円柱水槽(マリンウェイ)

また、環境省のプロジェクトとして、希少動物の細胞・遺伝子を残していこうという計画が進められており、旭山動物園で死んでしまった国内の絶滅危惧野生動物の細胞は必ず国立環境研究所によって保存され、旭山動物園でもその他の野生動物に関して、配偶子・細胞・遺伝子などを独自に保存されているとのこと。これらの細胞・遺伝子は、将来的に種の復元を行ったり、これから起こると思われる環境変化からその種がどれだけ影響を受けるかということを細胞レベルで調べるという研究等への活用が可能となるわけですね。こうした細胞・遺伝子を液体窒素で冷凍保存しているタンクを「冷凍動物園」というのだとか。冷凍動物園なんて、なかなかおもしろいネーミング!

-->>さらにお話は続きます!