小物や本、植物がいっぱいのKさん宅居室。広からぬこの部屋によく友人たちが集まり、おいしいお茶や食事をご馳走になる。時として、終電を逃して帰れなくなった者の臨時ホテルに |
「都市に住む人が庭付きの広い家に住む必要はない。公園を我が庭に、ホテルのロビーやレストランを客間に、カフェを読書室にすればよい」
といった意味の文章を若い頃読み、共感したことがあります。確か建築家・宮脇檀氏の著書だったと記憶しています。今回ご紹介するのは、その文章を地で行くシングル女性・Kさんです。
都心回帰が本格化した昨今ですが、Kさんは20年前から東京・六本木に住んでいます。経営していた店舗を数年前にクローズし、旅に出たり、友人の仕事をちょこちょこ手伝ったり、気ままな日々を過ごしています。
彼女の住まいは六本木ヒルズ徒歩3分。というと、お洒落な今日びのマンションを想像しがちですが、何と築30年以上と思しき1DKの木造共同住宅です。一人暮らしとはいえ、決して広々暮らすというわけにはいきません。玄関を上がるとすぐに冷蔵庫、洗濯機はダイニングテーブルの隣。
でもこの部屋、なかなかいい味してるんです。昔ふうの間取りにいまどき珍しいタイル貼りのバスルーム。もちろんトイレと別です。キッチンは5畳ほどですが、ここで生まれたレシピはレストランに採用されることも。六本木とは思えない静けさと、豊かな緑に囲まれ、日当たりにやや難はあるものの、何しろこの立地、便利なことこの上ありません。
Kさんの持ち物は特に少ない方ではありませんが、その暮らしはとてもシンプル。お酒は飲めないし、高級ブランドにも興味はありません。ゆっくりと起きて朝風呂を楽しんだ後は、読書をしたり、友達を訪ねたり。お店をたたんで今や有り余る時間を、得意の料理のレシピ開発に、手芸や家具作りに充てています。自由に使える小さなガーデニングスペースでは、趣味の園芸に余念がありません。
場所柄、材料はすぐに調達できますし、それらに関して調べものがしたければ、深夜でも青山ブックセンターに走ります。日常の買い物は明治屋で。世界中のどんな料理も、この街を出ることなく味わえるし、映画も演劇もライブも楽しめます。ヒルズを散策すれば、無料のライブやイベントに出くわすこともしばしばです。
長年地元で店舗経営に携わってきたKさんにとって、この街はホームグラウンド。近辺には知り合いもたくさんいます。広くはないけれど居心地のよいKさんのお宅には、いつも人が集まってきます。いつかクリスマスに電話をしたら、10人近い人の笑い声が聞こえてきました。
人との交流、モノや情報、あらゆるものに素早くアクセスできるのは都心ならでは。都心に住むということは、最も高価であるはずの「時間」を手に入れることでもあります。しかしKさんの負担する住宅コストは、そのこうむる恩恵の割に、実にリーズナブル。「狭さ」を「都市の機能」が補って、快適な暮らしが実現するというサンプルといえるかもしれません。