
公的年金は原則として65歳から受給することができるが、60歳から75歳の間で受給開始時期を選ぶことができる。65歳前に繰り上げれば減額され、65歳以降に繰り下げれば増額される。繰り下げ受給は待機中にやめることも可能だが、自分の事情や体調、税金・社会保険料への影響なども含めて慎重に決めることが重要だ。
65歳以降も働けると思っていたから
「70歳からだと年金がかなり増えるんです。私はもともと健康には自信があったし、勤務先は65歳定年。小さい会社ですが、アットホームで長年勤めてきたから愛着もあった。社長は、65歳以降も勤めていていいと言ってくれたので、ほぼ迷いなく70歳から受給することにしました」
ナミエさん(68歳)はそう言う。同い年の夫はもともとフリーランスだから、厚生年金はない。70歳以降はナミエさんの年金が頼りなのだ。多いに越したことはない。そのことも70歳受給を決めた1つの要因だった。
「逆に夫は定年がないから、細々とでも仕事は続けられる。私はいつかやめなくてはいけない。それが不安でした。でも65歳以降も働けると思っていたから……」
お世話になった社長が急死
ところが事態は変わる。65歳になったとき、社長は今後もよろしくと言ってくれたのに、半年後には当の社長が急死、その息子が社長になるや、定年は60歳、その後は嘱託で65歳までと社則が変えられた。
「まあ、それまでそもそも社則なるものがきちんとしていなかったんですけどね。私はもともと、父の知り合いの会社ということで入社したんです。結婚して子どもが小さいときも、かなり融通を効かせてくれたから、子育てしながら仕事もできた。社長と従業員の人柄のよさで成り立っているような職場でした。他社からの信頼も厚かったと思います。ただ、息子が社長になってからは、効率重視とか会社のルールを整えるとか、面倒なことを言いだしたなとは思っていました。でもまさか、定年が繰り上げられるとは」
70歳までなんとか働けないかと新社長に掛け合うと、給料として今までの4割を提示され、さすがにナミエさんもその額では働けないと感じた。
「頭にきたので、つい、あなたのお父さんだったら、決してそんなことは言わないはずと言ってしまったんですよ。それが新社長にはカチンときたんでしょうね。『オヤジは無駄に給料を払い過ぎていたんです』って。長く働いてきたけど、私の仕事人生は何だったんだろうと悲しくなりました」
闘うことも考えたが、前社長には恩義があった。だから静かに辞めた。
2カ月の入院を余儀なくされて
ナミエさんは、パートをして70歳まで食いつなごうと考えた。夫も本業の合間の隙間でアルバイトを始めてくれた。
「ところが長年勤めた会社を、あんな形で辞めてしまったためか、なんだか気力がもたなくて。辞めて1カ月後には体調を崩してしまいました。急性胆管炎でした。その後も、内臓が次々とダメージを受けてしまって、結局、2カ月入院したんです」
退院したものの自宅療養が必要となり、鏡を見ると、日に日に老けていくように見えた。二人の子どもたちは独立し、40代後半の息子は家庭をもって子どもたちの学費も大変そうだし、40代半ばの娘は離婚して一人で子ども二人を育てている。とても子どもたちに援助を頼める状況ではない。
「だから病気のことも内緒にしていたんですが、さすがに様子がおかしいと思ったんでしょう。娘にバレてしまって。お金は大丈夫なのと聞かれたので、大丈夫だと答えましたが、実際には火の車状態でした」
退職金などの貯蓄を切り崩しながらなんとかしのぎ、この春からナミエさんはようやくパートで働けるようになった。とはいえ、フルタイムは難しいため、週に3日、1日5時間程度が限界だ。夫の隙間バイトと本業を合わせても月に15万がせいぜいだ。
「あと2年頑張ろう」と思っているが
「なまじ健康に自信があったから過信してしまったんですよね。70歳まで勤めて、その後は夫と二人で旅行でもしようと言っていたのにこんなことになるなんて……」
考えてみれば65歳を超えれば、なにかしら体調に波も出てくるもの、そこを考慮しなかったのが「敗因でした」とナミエさんは苦笑する。
「あと2年、なんとか夫と二人で頑張るつもりです。ただ、できればその後も少しパートは続けたい。繰り下げ受給で増額されるにしても年金だけではゆとりがなさ過ぎるし、いつ病気になるか分からないということもよく分かったので」
人は、いくら気を付けていても、ずっと元気でいられるわけではない。65歳といえば、社会通念上は「高齢者」なのだ。年金受給時期は自分自身の健康と状況を、よく考える必要がありそうだ。







