開業100年、JR鶴見線に眠る「未成線」と「消えた駅」の記憶――。日本のセメント王が描いた夢の跡(画像)

森川 天喜

森川 天喜

国内旅行 ガイド

日本ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『かながわ鉄道廃線紀行』(2024年10月 神奈川新聞社刊)など。同書は第7回「旅の良書」(日本旅行作家協会)に選出。現在、神奈川新聞日曜版にて「かながわ鉄道英雄伝」連載中。

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2023年12月、鶴見線に投入された新型車両E131系(2024年1月筆者撮影)
2023年12月、鶴見線に投入された新型車両E131系(2024年1月筆者撮影)
「第七号橋梁竣工ノ景 大正十五年三月九日」と書かれている。開業前日であり、試運転の様子だろうか(提供:東亜建設工業)
「第七号橋梁竣工ノ景 大正十五年三月九日」と書かれている。開業前日であり、試運転の様子だろうか(提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット(提供:東亜リアテック)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット(提供:東亜リアテック)
1922(大正11)年測図の川崎沿岸部(出典:国土地理院地形図)
1922(大正11)年測図の川崎沿岸部(出典:国土地理院地形図)
本山駅ホームより。カーブの先にトラス構造の跨線橋が見える(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
本山駅ホームより。カーブの先にトラス構造の跨線橋が見える(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
大本山総持寺(2025年11月筆者撮影)
大本山総持寺(2025年11月筆者撮影)
鶴見臨港鉄道本線(現・JR鶴見線)と軌道線(海岸電軌)の路線図。破線は未成線(1931年発行の『鶴見臨港鉄道要覧』より=提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道本線(現・JR鶴見線)と軌道線(海岸電軌)の路線図。破線は未成線(1931年発行の『鶴見臨港鉄道要覧』より=提供:東亜建設工業)
1931(昭和6)年修正測量の「安善町」地形図部分。石油駅の位置に「せきいう」の駅名が見られる(出典:国土地理院)
1931(昭和6)年修正測量の「安善町」地形図部分。石油駅の位置に「せきいう」の駅名が見られる(出典:国土地理院)
取り壊される前の浜安善駅の駅舎。「東京南鉄道管理局 浜安善駅」の駅名標が掲げられている(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
取り壊される前の浜安善駅の駅舎。「東京南鉄道管理局 浜安善駅」の駅名標が掲げられている(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
浜安善駅の遺構であるコンクリート製の車止め(2024年1月筆者撮影)
浜安善駅の遺構であるコンクリート製の車止め(2024年1月筆者撮影)
1970(昭和45)年の住宅地図に描かれた鶴見川口支線。赤丸印の部分に「貨物鶴見川口駅」とある(横浜市立図書館所蔵)
1970(昭和45)年の住宅地図に描かれた鶴見川口支線。赤丸印の部分に「貨物鶴見川口駅」とある(横浜市立図書館所蔵)
鶴見小野駅西側のレンガ敷きの遊歩道が、鶴見川口支線跡の一部だ(2024年1月筆者撮影)
鶴見小野駅西側のレンガ敷きの遊歩道が、鶴見川口支線跡の一部だ(2024年1月筆者撮影)
京浜電鉄と海岸電軌の連絡駅だった総持寺駅(現・本山前桜公園)。左手奥の高架駅が鶴見臨港鉄道の本山駅(1930年頃=提供:京急電鉄)
京浜電鉄と海岸電軌の連絡駅だった総持寺駅(現・本山前桜公園)。左手奥の高架駅が鶴見臨港鉄道の本山駅(1930年頃=提供:京急電鉄)
1931(昭和6)年修正測量の「安善町」地形図部分。石油駅の位置(赤丸印)に「せきいう」の駅名が見られる(出典:国土地理院)
1931(昭和6)年修正測量の「安善町」地形図部分。石油駅の位置(赤丸印)に「せきいう」の駅名が見られる(出典:国土地理院)
2023年12月に投入された鶴見線の新型車両E131系(2024年1月筆者撮影)
2023年12月に投入された鶴見線の新型車両E131系(2024年1月筆者撮影)
本山駅ホームより。カーブの先にトラス構造の跨線橋が見える(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
本山駅ホームより。カーブの先にトラス構造の跨線橋が見える(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット(提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット(提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット表面(提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット表面(提供:東亜建設工業)
同裏面には、扇島への道順として鶴見駅から「電車十分、渡船十分で島に着きます」とある(提供:東亜建設工業)
同裏面には、扇島への道順として鶴見駅から「電車十分、渡船十分で島に着きます」とある(提供:東亜建設工業)
1931年発行の『鶴見臨港鉄道要覧』に掲載された本山駅の改札(提供:東亜建設工業)
1931年発行の『鶴見臨港鉄道要覧』に掲載された本山駅の改札(提供:東亜建設工業)
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2023年12月、鶴見線に投入された新型車両E131系(2024年1月筆者撮影)
「第七号橋梁竣工ノ景 大正十五年三月九日」と書かれている。開業前日であり、試運転の様子だろうか(提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット(提供:東亜リアテック)
1922(大正11)年測図の川崎沿岸部(出典:国土地理院地形図)
本山駅ホームより。カーブの先にトラス構造の跨線橋が見える(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
大本山総持寺(2025年11月筆者撮影)
鶴見臨港鉄道本線(現・JR鶴見線)と軌道線(海岸電軌)の路線図。破線は未成線(1931年発行の『鶴見臨港鉄道要覧』より=提供:東亜建設工業)
1931(昭和6)年修正測量の「安善町」地形図部分。石油駅の位置に「せきいう」の駅名が見られる(出典:国土地理院)
取り壊される前の浜安善駅の駅舎。「東京南鉄道管理局 浜安善駅」の駅名標が掲げられている(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
浜安善駅の遺構であるコンクリート製の車止め(2024年1月筆者撮影)
1970(昭和45)年の住宅地図に描かれた鶴見川口支線。赤丸印の部分に「貨物鶴見川口駅」とある(横浜市立図書館所蔵)
鶴見小野駅西側のレンガ敷きの遊歩道が、鶴見川口支線跡の一部だ(2024年1月筆者撮影)
京浜電鉄と海岸電軌の連絡駅だった総持寺駅(現・本山前桜公園)。左手奥の高架駅が鶴見臨港鉄道の本山駅(1930年頃=提供:京急電鉄)
1931(昭和6)年修正測量の「安善町」地形図部分。石油駅の位置(赤丸印)に「せきいう」の駅名が見られる(出典:国土地理院)
2023年12月に投入された鶴見線の新型車両E131系(2024年1月筆者撮影)
本山駅ホームより。カーブの先にトラス構造の跨線橋が見える(出典:ウィキペディア=パブリックドメイン素材)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット(提供:東亜建設工業)
鶴見臨港鉄道が発行した扇島海水浴場のパンフレット表面(提供:東亜建設工業)
同裏面には、扇島への道順として鶴見駅から「電車十分、渡船十分で島に着きます」とある(提供:東亜建設工業)
1931年発行の『鶴見臨港鉄道要覧』に掲載された本山駅の改札(提供:東亜建設工業)
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