子どもたちが大きくなって
「去年までは一家4人で過ごしていたお正月。でも今年は夫婦だけの時間が長かったですね」そう言って苦笑するアキさん(52歳)。大学3年生になった長女は年末から海外へ一人旅に出てしまった。いつもはアルバイトで貯めたお金をもとに、夏に旅に出るのだが、今回は「新年を海外で迎えたい」と熱望していた。去年、地方の大学に進学した長男は「こっちでアルバイトする」と帰ってこなかった。
「いきなり夫婦二人だけの正月ですよ。夫の実家は、すでに兄が当主になっていて、夫とは不仲。私も昨年、一人残っていた母を亡くしたばかりで、一人っ子ですからきょうだいもいない。親戚づきあいもあまりなくて、なんだか私たち夫婦って、けっこう孤独なんじゃないのと話しました」
とはいえ、アキさんは「夫と二人なら気楽」とも思っていた。ずっと共働きで協力してきたから、夫婦というより友だち感覚が強く、信頼関係はあると感じてきた。
「ただ、それは子どもを介していたからだと今回、よく分かりました。私たち、結局、家庭を運営していくための話し合いはきちんと積み重ねてきたけど、互いの心のうちを語り合うことはあまりなかったんです。仕事と家庭、特に子どもたちのことなどは共有してきたけど」
夫に老後の話をしたら
ともに生活していれば、そうそう心の内に踏みこむような会話もなくなる。それが日常生活というものだろう。それでもアキさんには妙な違和感があった。「些細なことかもしれないけど、私がちょっと老後の話を出したんですよ。しかも、私たちがどうするかということではなく、もっと一般的なこと。年金のこととか家をどうするかとか、そういうことで悩むシニアが多いみたいよと言ったら、夫はまったく乗ってこない。ねえ、どう思うと聞くと『そういう話はしたくない』と言われたんです。いや、一般論だよ、あなたの意見を聞きたいだけと言ったんですが、『オレがきみと一般論を話して何になるんだ』と。思わず黙り込みました。この人、私と議論みたいなことはしたくないのか、私の意見なんて興味がないのか、と」
アキさんは中堅企業とはいえ、勤務先でそれなりに信頼されているベテランだ。会議をうまく回しているし、後輩からの相談も多い。それなのに夫からは「とるに足らない人材」のように扱われた。それが彼女のプライドを傷つけた。
元日からケンカ状態に
ショックなのは、夫は比較的大手の会社の人事部にいる。その夫から、あたかも「戦力外通告」をされたようにアキさんは感じたのだという。「妻だからバカにしているのか、女性全般をバカにしているのかは分かりませんが、話をしている最中にあの態度はあんまりだと思ったんですよね。『あなたの会社の人事、大丈夫?』とつい言ってしまった。もちろん、私も夫を傷つけるつもりで選んだ言葉です。夫はムッとして、自室に引き上げていきました」
元日からケンカ状態になってしまったのだが、それを機にアキさんは23年にわたる結婚生活を振り返ってみた。友だちの紹介で知り合い、1年半付き合ってごく自然の流れで結婚したこと、子どもが生まれたときのこと、2歳違いの二人の子が幼いころは本当に大変だったこと……。
「でもふと気づいたら、私が大変だと思っていたとき、夫は横にはいなかった。私が頼ったのは実母であり義母だった。夫は巧妙に大変さを逃れていたのかもしれない」
今さらそんなふうに思ってもどうにもならないのは分かっている。だが、夫がふと見せた「妻を尊重しない態度」に、アキさん自身、昔から実は気づいていたのではないかと感じた。今をうまくやり過ごすために見て見ぬふりをしてきたことが多過ぎたのではないか。
結婚23年にして気づいた夫との関係性
「それに気づいたとき、ちょっと自分自身にがっかりしましたね。夫とはほとんどケンカもせずに過ごしてきたけど、それは夫が私の言葉を正面からとらえてくれなかったから。大人の対応をしたつもりかもしれないけど、結局それは私を対等なパートナーだとみていなかったということにつながるんですよ」頑張ってきたのに……と脱力した。これからは小さなことも夫と話して、笑ったり怒ったりしたかった。身近な仕事のことから仕事論、あるいは政治や世界情勢のことなども議論したいと彼女は思っていたのだ。だが、夫は「きみはその相手ではない」という態度だった。
「確かに夫は有名大学を優秀な成績で卒業しているから、時々それが鼻につくことはありました。でも勤め先は民間企業だし、それなりに揉まれて、職業柄、人の気持ちも分かるようになったんじゃないかと私が勝手に理想化していたのかもしれません」
いずれにしても、結婚23年にして気づいた夫との間に横たわる溝や壁を、これからどうしていったらいいのか、アキさんは「途方に暮れている」と言った。








