雑煮の種類は全国で500種類以上!
お正月の定番、雑煮。近年は「朝はパン」派が増えているともいいますが、元旦だけは雑煮じゃないと、という家庭は今なお多いのではないでしょうか。雑煮が地域によって具も味付けも餅も異なる、とはよく知られるところ。その種類は何と500種類以上ともいわれます。単純に考えて一都道府県に10種類以上あることになり、細分化され過ぎて実態を把握するのはかなり困難です。
それでも、地域による特徴を大まかにいえば、東日本はすまし汁+角餅、関西は白味噌仕立て+丸餅、山陰は小豆汁+丸餅、西日本・四国・九州はすまし汁+丸餅、餅は東日本と九州は主に焼き餅、それ以外の地域は煮るところが多い、といった分布となります。
【関西風の雑煮】 【関東風の雑煮】
名古屋めしとは真逆。シンプルな名古屋の雑煮
そんな中、名古屋の雑煮はいたってシンプルです。すまし汁にもち菜、四角い餅(焼かずに煮る)。あとはせいぜい、鶏肉にかまぼこ、上からかつお節をちらすくらい。あっさり、質素が基本なのです。ほかに、昭和40年代頃までは、市内南部でぜんざいに似た小豆の雑煮が食べられていたという記録がありますが、ごく限られた地域での風習の上、現在ではほとんど見られません。 いずれにしても名古屋の雑煮は意外なほど質素。名古屋の食といえば、味噌を中心にした濃い味付けに、味噌+トンカツ(味噌カツ)やうなぎ+薬味+だし(ひつまぶし)、パン+あんこ(小倉トースト)、スパゲッティ+卵(鉄板スパ)など大胆な足し算が特徴ですが、そんな名古屋めしらしい特徴が、雑煮には一切見られないのです(しいていうなら、具やつゆの組み合わせはちょっときしめんに似ていますが)。家康? 宗春? 縁起担ぎ? 質素な雑煮の理由は諸説あり
なぜ名古屋の雑煮はこんなにも質素なのでしょう? その理由にはこんな説が……。1:尾張藩8代藩主・宗春がぜいたくな食事を将軍・吉宗にとがめられ、以来粗食が推奨されるようになった
2:名古屋を拓いた家康からの質素倹約の精神が重んじられた
3:「名古屋(「な=菜」)をもち(餅)上げる」にかけて菜と餅を具にした縁起担ぎ
そもそも雑煮を全国に広めたのは家康で、京風とは異なるすまし汁+角餅の江戸風を採用し、それが参勤交代によって全国に広まったといわれます。名古屋は徳川御三家筆頭の尾張藩が治めた町ですから、家康好みの雑煮のスタイルがことさら守られてきたのかもしれません。
名古屋めしや大晦日のすき焼きの影響?
また、名古屋めしの反動ではないかという意見も。日ごろからこってり濃厚でパンチのある名古屋めしを食しているので、正月くらいはあっさりしたものでおなかや味覚を休めたくなるのでは?というワケです。さらに、名古屋および愛知県では大晦日にすき焼きを食べる習慣があるため、お肉をたらふく食べた明くる元旦はシンプルな雑煮で十分……という家庭が多いのかも。
関東の雑煮に牛肉、豚肉、鶏肉、エビ、かまぼこなどが盛り込まれるようになったのは明治時代後半といわれます。愛知県の「大晦日にすき焼き」のルーツである鶏のひきずり鍋が生まれたのも、養鶏が盛んになった明治時代。関東で雑煮がゴージャス化するのに対し、雑煮本来のシンプルなスタイルが愛知、名古屋ではひきずり鍋によって守られた……との推察も成り立つのではないでしょうか。
SNSの雑煮談義でわが家の雑煮により愛着が
雑煮はあくまで家庭で食べられるもののため、マイ(ホーム)ルール以外に触れる機会がほとんどなく、よその家や他の地域でどんなものが食べられているかが分かりにくい市井の食文化です。だからこそ地域の垣根を越えて意見を交換し合えるSNSは、まさに「わが家・わが町の雑煮」談義にはうってつけの場。「名古屋のシンプル雑煮」をきっかけに、全国の雑煮自慢を楽しんでみてはいかがでしょう。雑煮を通して日本の食文化の多様性に触れられると同時に、わが家のお正月の雑煮により親しみを感じられるのではないでしょうか?
<参考>
農林水産省 Webサイト「うちの郷土料理 次世代に伝えたい大切な味」
『特別展「和食~日本の自然、人々の知恵~」公式ガイドブック』(朝日新聞社)
『特別展「名古屋めしのもと」』(名古屋市博物館)









