いきなり「うるさい!」と声が
つい先日、仕事で外出、都内の電車に乗っていたサワさん(37歳)。ついうとうととしたのだが、そこでいきなり「うるさい!」という若い女性の怒鳴り声がして目が覚めた。「私は座っていたんですが、対面に座っていた女性が叫んだみたいです。車内の座席はほぼ埋まっていましたが、昼間とあって立っている人はちらほら。そこでいきなりの怒声だから、みんなびっくりしていました」
サワさんがふと車内の隅を見ると、ベビーカーに子どもを乗せた母親が必死で子どもをあやしていた。それでも子どもはぐずぐずと泣いている。
「泣いているといっても、ギャン泣きではない。眠くてぐずっているという感じ。私なんかはもうじき寝ちゃうんだろうなと思って気にもならなかった」
そう思いつつ、サワさんは再度、うとうとしかかった。そのときまたしても、先ほどの女性が「いいかげんにしてください。どうにかならないの!?」と金切り声を上げたので、サワさんも目を覚ました。
「あなたの方がよっぽどうるさいですよ。赤ちゃんの声は気にならないけど、あなたの怒鳴り声は汚いから」
静かに、だがキリリとそう言った30代とおぼしき女性がいた。みんながその女性に対して、うんうんとうなずいている。赤ちゃんをあやしていた母親のところに、年配の女性が立っていって何か話しかけている。
次の駅に着いたとき、怒鳴り声を上げた女性は逃げるように降りていった。
なぜ赤ちゃんの鳴き声に過剰反応するのか
「私は寝ぼけていて声を上げられなかったけど、同世代の女性がきちんと声を上げたのはうれしかった。あのお母さんだってすごく恐縮していたし、最初にうるさいと言われたときは抱き上げて一生懸命あやしていた。そもそも混んでもいない昼間だし、お母さんだって用があって出かけたんでしょう。子どもの泣き声であんなふうに責められたら、たまりませんよね」それにしても、しつこく怒鳴り声を上げた女性のメンタルが気になるとサワさんは言う。赤ちゃんの泣き声に執拗(しつよう)に反応するのはなぜなのだろう。あの程度の声にあんなふうに怒鳴るなんて、ふだん、どういう生活をしているのだろうと。
「学生でもない、でも会社員でもないといった感じのカジュアルな服装で、ひたすらスマホをいじっていたんです。もしかしたら仕事探しでもしていたのかなあ、年末でいろいろ大変なのかなあなんて余計なことまで考えてしまいました」
耳元でギャン泣きされたら多少は閉口するだろうが、赤ちゃんの声にやたらと厳しい反応をするのは、どうも腑に落ちない。サワさんはそんなふうに言った。
妊婦にも厳しい状況
現在妊娠7カ月。おなかもかなり目立っているリョウコさん(33歳)だが、出勤途中の電車の中で席を譲ってもらったのは1度きりだという。「ふだんは元気なんですが、やはりたまに体調がよくなくて座りたいと思うこともある。でも以前、優先席の近くに立っていたら、『譲ってもらえると思ってるんだろ』と言われたことがあるんです。座っている年配の男性でした。そう思われるのが嫌で、いつもは優先席には近寄らないようにしているんですが、そのときは混雑していて押されてそこへ行ってしまった。それなのにそんなことを言われてビックリしました。思わずカッとして、『そんなこと思ってませんよ』と言い返しましたが、あとから考えても不快な体験でした」
みんなが誰かの親とは限らないが、みんな誰かの子ではあったのだ。それなのに妊婦に対して、どうしてほんの少しの思いやりがもてないのだろう。
優先席には近づかないようにしているが……
「そのときはあまりにやるせなくて、つい夫に愚痴をもらしました。すると夫は『その人だって奥さんが妊娠したこともあったかもしれない。もし子どものいない人生を送ってきたとしても、想像すれば分かるよなあ。おなかが大きいのに働いている女性の苦労くらい』って。そう言われてホッとしました」それきりそのことは忘れるようにして、また優先席に近づかない生活を続けている。ただ、これが本当に正しいありようなのかと最近、考えるようになった。
「妊婦だから席を譲ってくださいと言う必要はないけど、何か妊婦だからこそ他の妊婦さん、今後、妊婦になる可能性のある人たちに助けとなるようなことができないものだろうかとも考えています」
どうしたら他人の状況に思いを馳せる人を増やすことができるのだろう。リョウコさんの目は真剣だった。








