新幹線指定席にやってきたのは
ある週末の朝、友人の結婚式に出るため日帰りで新幹線指定席を利用したミカコさん(37歳)。「夜勤明けで疲れていたので少しでも眠りたかった。その日は指定席は完売していて、自由席も非常に混んでいるとアナウンスがありました。私が乗ったのは東海道新幹線下りで横浜から。デッキに立っている人もいましたね。電車が動き出してすぐ、子どもを二人連れた女性が入ってきました」
女性は2歳くらいの子の手を引き、乳飲み子を抱っこして大きなリュックを背負い、手にも荷物を抱えていた。
「私は窓際にいたんですが、彼女は隣に座っていた若い男性に『子どもだけでも席に座らせてやってもらえないでしょうか』と頼みこんだんです。その男性は『いや、できないです』とにべもなく断っていた。彼女は私にもすがるような目を向けてきたけど、その日は本当に私も疲れていて……」
母子に席を譲った男性
その女性はさらに次の列に座っている男性にも頼みこむ。他の人たちの間にも妙な緊張感が走っていた。「指定席、とればいいじゃないかと声高に言う人も出てきて、彼女もいたたまれなくなったのでしょう、さらに奥へと歩きながら『すみません、どなたか』と言い続けた。そのときある男性が大きな声で、『こっちは親の死に目に会えるかどうかの瀬戸際なんだよ』って。続けて『いいよ、座れよ』と言う声が聞こえ、彼はどかどかと自由席へと去っていきました。すると近くから『お兄さん、気の毒だなあ。こっちの席座っていいよ』という中年男性の声が。彼は『ありがとうございます』と振り向いて会釈したけど、戻ってきませんでした」
ミカコさんは気になって、しばらくたってからトイレに行くふりをしてその母子を確認した。別の人も席を譲ったのか、母と赤ちゃん、幼子は2席を確保していた。
途中で連れの男性が?
その後、新幹線は名古屋に停車。一眠りして起きたミカコさんは、降車する大阪までは起きていることにした。「またあの親子が気になりまして。トイレに行きながら見たら、幼子は母親の膝の上にいましたが、赤ちゃんは隣の男性が抱いていた。男性と彼女は小さな声でぼそぼそと話していました。どう見ても夫婦。夫は名古屋で乗ってきたんでしょう。まあ、いろいろ事情があるんでしょうけど、なんだかそれを見たらモヤモヤしましたね。最初は母子だけで同情をひいて、途中から父親が乗ってきてあっさり座って……。騙したとは言わないけど、なんだかなあと思ってしまいました」
大阪で降りると、自由席から飛び降りてきた男性が全力で走っていくのが見えた。親の死に目にあえるかどうかの瀬戸際だと叫んだ男性だった。なんとか会えますようにとミカコさんは心の中で祈ったという。
いろいろな人がさまざまな事情を抱えながら、同じ電車に乗っている。理解をしながらも、譲れる人も譲れない人もいることを承知しておきたいものだ。
それぞれの立場はあるけれど……
「あれから私もいろいろ考えちゃって……。自由席を狙うなら早く家を出るとか、子どもがいるなら指定席をとっておくとか、やはり誰かに迷惑をかけないようにしなくちゃいけないなと思いつつ、でもあんな小さい子がいると、そうもいかないときもあるだろうなとか……」その話を子どものいる同僚に話したら、「私なら指定席をとるけどね、当然」と言った。「でもそういえば、うちの妹は指定席代がもったいない、でも小さい子が3人もいるから自由席のために並ぶのも無理って言ってた。妹も、指定席車両に行って譲ってくれって言ってるかもしれない」とつぶやいていたという。
そういうときに譲ってくれと言われるのは、だいたい若い男性と相場が決まっているのも気の毒だとミカコさんは言う。
「元気そうに見えても心身を病んでいる人もいますからね。この有料席を譲ってくれ問題、今後、ますます増えそうな気がする。年末の帰省、私はまだ席をとってないんですよ。今年は帰れるかどうか分からないから」
寛容になれとも他人に迷惑をかけるなとも、なんとも言えない問題だけに、新幹線に乗るたびにモヤモヤしそうだ。








