いつも笑顔で
子どものころから、母親に「いつも笑顔でいなさい」と言われて育ったカナエさん(40歳)。「その前に『あなたは美人じゃないんだから』という一言がついていたんですけどね。ただ、母の言うことももっともだと思っていたから、私はとにかく誰にでも愛想よく、いつも笑顔で接していました」
その教えは大人になってからも抜けなかった。人に意地悪されても気づかず、ついニコニコと接してしまう。そのせいか、分かってくれる友達には「カナエは本当に人間ができてる」と褒められたこともある。
「ただ、社会人になり、結婚して妻になり、出産して母になると、周囲の見方はまた違ってくるんでしょうね。社会人になったばかりのころはよく『八方美人』と言われました。誰にでもこびるって。こびている意識はなかったんだけど……」
実際には仕事を早く覚えようと人一倍努力をした。だから30歳になる前に、チームリーダーに抜てきされた。チーム一丸となって仲よく楽しく仕事をしたいと思った。上司と後輩の間に立って苦労もした。
職場の女性達から陰口を言われ……
「一応、そのチームでの仕事がうまくいったとき、後輩が給湯室で『カナエさんって、上司と寝たんじゃないの』とつぶやいているのを聞いてしまって。ショックでしたね。上司はそんな人じゃない。公平で厳しい人です。私だって上司と寝て仕事がうまくいくなんて、思ったこともない。でもそう見る人もいるのか、と……。何のために頑張ってきたのか分からなくなった」そんな悩みを聞いて励ましてくれたのが、のちに夫となった職場の同僚だった。だが結婚を発表したとき、「あの人、次期幹部候補と言われているでしょ。さすがにこび上手のカナエさん、見事に落としたのね」と先輩女性に言われた。
自分のどんな言動がそう見られるのかと、いろいろな人に相談したが、「あなたは感じがいいから嫉妬される」という以外の答えはもらえなかった。妊娠を機に仕事をやめた。
パート先ではうまくいっているけれど
二人の子を産み、現在は家庭を優先させながらパートで働いている。夫は変わらず、いつでもカナエさんの味方をしてくれる。夫婦仲は近所でも評判だという。「パート先は、私より年上の女性が多いんですが、ここでもうまくいっています。私、自分と接する人が嫌な思いをするのが耐えられないんですよ。だから何か言われたら、はいって元気に返事をしてすぐに仕事にとりかかるようにしてきた。先輩女性たちはそれを評価してくれているみたいです」
だが、ママ友とは微妙な関係も生じている。現在、上の子は小学校2年生、下の子は保育園だが、上の子のママ友には、やはり「こびている」と言われたことがある。
「年配の男性教師が担任なんですが、『先生にこびて贔屓してもらおうとしているんじゃないの』とLINEでうわさが飛んだそうです。どうしてそんなにこびていると言われてしまうのか、分からないんですよ……」
態度を変えることはできない
カナエさんは泣き出しそうな顔になった。もともと色っぽい顔なのだ。美人というよりは「かわいくて色気がある」感じ。しかも切れ長の目がいつも潤んでいるように見えるから、じっと見られると男性はどぎまぎするかもしれない。ボディタッチが多いとか、人との距離が近過ぎるとか、そういう意図的なものではなく、生来もっている色気を感じ取る男性が多いということなのだから、これはカナエさんが悪いわけではない。しかもいつでも誰にでも愛想がいいのだから、モテて当然だろう。ただ、彼女自身は分け隔てなく接しているつもりだし、なんら後ろ暗いことはないと断言している。
「夫は『きみが感じがいいから嫉妬されることもあるんじゃないかな』と言うんですが、私としてはどうしたらいいのか……。ニコニコせずに仏頂面をしていればいいのか。でも今は亡き母が、私の心の中で『いつも感じよくね。笑って』と言っている気がして、人への態度を変えることはできない」
分かってくれる人は分かってくれる。そう信じて自分らしさを貫くしかないと理屈では思うけど、ママ友と接するときは妙に緊張してしまう。少しつらそうな顔でそう言ったあと、カナエさんはやはり感じのいい笑顔を見せた。それが少しせつないような気がするのは考え過ぎだろうか。








