自分の分は自分だけで食べたい
「同僚二人と食事に行ったんです。一人は中途入社で入ってきたんですが、同世代なのでわりと仲よくしていました。ただ、それぞれ家庭があって、なかなか食事に行けなかった。やっと時間が合って」リョウコさん(43歳)が二人と行ったのは、会社近くのイタリアンだった。コース料理がリーズナブルな値段とあって人気の店だ。
「前菜、メイン、パスタが選べるようになっていて、3人それぞれ別のものを頼みました。いざ来ると、二人が『あ、そっちもおいしそう。一口ちょうだい』って始まって。私はこういう形でのシェアが嫌いなんです。シェアするなら、もともとアラカルトで頼んで店にもシェアするからと言っておきたい。一人ずつのコースなんだから、そこで一口ちょうだいってやる必要、ないですよね。自分が食べたいから頼んだはずだから」
二人はリョウコさんにも、「一口交換しよう」と言った。だがリョウコさんは「ごめん、私はこれが食べたくて頼んだの」と受けつけなかった。もちろん、微妙な空気が流れたのをリョウコさんも感じた。
「少しずついろいろ食べたい」現象
「だから言ったんですよ。自分が食べたいものを頼んだから全部食べたい。その代わり、私はあなたたちのも一口ちょうだいとは言わないと。こういう考え方ってダメかなあとストレートに言うと、同僚は『気持ちは分かるけど、いろいろなものを食べたいと思わない?』って。中途入社の女性は、『私、外国にいたことがあるけど、あちらの人はみんなそうだった。自分のものは自分だけで食べる。シェアする習慣がないみたい』って。私は外国で暮らしたことはないけど、いろいろ食べたいとは思わないんですよ。自分が食べたいものは決まっているから。『潔い性格だねえ。あなたらしいわ』と言われました」ふだんからの人間関係があるから、二人も納得してくれたようだが、ときと場合によってはその関係にヒビが入りかねない。
「少しずついろいろなものを食べたいって、女性に多い現象ですよね。私は食べ物で迷うことがあまりないので、理解できなくて」
ただ、言い方に気をつけないと「変に頑固な人」と思われる可能性もあるかもとリョウコさんはつぶやいた。
シェアしたい人に言わせると
一方で、いろいろなものを食べたいから、少しぐらい交換してくれてもいいじゃないかと思う人ももちろんいる。「高校時代から、友達とどこかで何か食べるたびに、少し交換しよう、一口ちょうだいって言ってました。人と食べるって、そういうことだと思っていたから」
リエさん(40歳)は、友達とならどこででもそうやってシェアしてきた。ところが結婚を意識した彼は、シェアをしたくない人だった。
「それが今の夫なんですが、今でも時々寂しいなと思いますよ。例えばラーメン屋さんでも、彼がラーメン、私はタンメンを頼んだとする。ラーメン、一口食べたいんですよ。でも夫は絶対にくれない。その代わり、私にくれとも言わない。シェアするのはお好み焼きくらいなものですね」
男性はそういうものなのかと思ってきたが、つい先日、ママ友夫妻と食事に行ったとき、友人は夫と「一口交換」しながら食べていた。リエさんは思わず「いいなあ」と言ってしまったという。
本当は面倒だと思いつつ
「そこでシェアはあるかなしかという話になり、結局、ママ友の夫も『実は面倒だからしたくない。でも妻がどうしてもというから。慣れましたけどね』という話だった。うちは慣れてくれなかったけどと言って笑ったんですが、夫に悪意があるわけではなく、特に変わり者というわけでもないのが分かってよかったです」ただ、最近は職場などでも自分が注文したものは、分けずに自分で食べると公言する後輩も増えてきたとリエさんは言う。ただ、どうしても「変わってるよね」という評価はされがちだそう。
「少しでも同じものを食べて共感し合いたいという気持ちがあるのかもしれません。同じ釜のメシというくらい、同じものを食べるのが日本人は好きなんじゃないかと……。だったら同じものを頼めばいいんだけど、そうじゃなくて、ほんの少し食べてみたい、その人と同じ感想を分かち合いたい。そんな気持ちもあるんじゃないのかなと思うんです」
そこに共感する人もいるだろうし、うっとうしいと思う人もいるだろう。価値観というほどのことではないかもしれないが、人の欲求には差異がある。互いに認め合えれば問題にはならない。自分の好みを押しつけ合わないことが大事なのだろう。








