いつも楽しそうだったのに
「今年、還暦を迎えた姉がいます。勉強もスポーツもできる自慢の姉だったんですが、結婚して仕事を辞め、家庭に専念していた。3人の子を育て、40代からパートに出るようになって、私から見れば楽しそうだった。家族仲もよさそうだったし」ミナミさん(55歳)はそう言う。ミナミさんは若いころ結婚と離婚を経験、子どももいなかったためずっと一人で暮らしてきた。姉一家は、妹の彼女から見ても羨ましかったという。
「義兄は仕事一筋だったから、姉はワンオペになることも多かった。私も時間があれば手伝いに行っていたけど、姉はめったに愚痴を言うこともありませんでした。週末はよく義兄が子どもたちの面倒を見てくれると言ってましたし」
ここ数年、姉妹の両親が相次いで亡くなり、姉が体調を崩した時期もあった。それを経て、このところ姉の様子がおかしいとミナミさんは感じている。
「姉の3人の子どもたちはみんな成人して独立しています。一番下のめいっこは大学院に通っていますが一人暮らし。昨年から夫婦二人だけになったんですよ。そのころ、姉とカフェでお茶をしていたら、突然、号泣し始めたことあった。どうしたのと言うと、『今までの人生を振り返ると泣けてくる』って。そこからですね、姉がやたらと子育て中の夫の振る舞いについて猛然と不満を言い出したのは」
事実と異なっている姉の話
1つひとつは些細なことだった。「上の子が5歳のころ、夜中に高熱を発して救急車を呼ぼうとしたら夫に阻止され、子どもを抱いて病院に走った」とか、「真ん中の子が学校で骨折したのに夫は病院に来なかった」とか、あるいは「子どもたちと私がインフルエンザで総倒れになったとき、夫はホテルに泊まると帰ってこなかった」とか。「姉たちがインフルで寝込んだときは、結局、私が行って看病したんですよ。でも姉はそれについては覚えていない。一人で大変な思いをしたということだけ。いやいや、私が3日間、通ったでしょと言っても『夫が私たちを見捨てた』と。あのとき義兄は海外から来る大事なお客さんをもてなさなければならず、絶対に風邪1つひけない状態だった。だからホテルに泊まったんです。姉の認識とは少し違う気がするんですよ」
姉の不平不満は、ミナミさんが知っている事実とはすべて少しずつ異なっている。だが、姉は決してそれを認めようとしない。
不平不満を言うことで吹っ切れればいいけれど
「愚痴や文句くらい言わせてよ、今まで頑張ってきたんだからと姉は言う。確かにそれも一理あるので、黙って聞いていたけど、認識のずれを抱えたまま苦しむのはおかしいと思って指摘するようにしたら、『あんたは何も分かってない』と怒りだして」姉は、夫婦だけの暮らしになったとき、「私に何もないのは、全部、この人のせいだ」と思ったらしい。夫は5歳年上だが定年後の今も仕事を続けている。姉は結婚によって仕事を続けることを諦めなければならなかったし、子育てが終わった今、何も得るものがないまま「ただ生きているだけ」と虚しくなったようだ。
「子どもを3人育てたなんて、それだけで立派だと思う。私にはできないことだった。でも姉は『私は何の能力もない』と思い込んでいる。そして、そうさせたのは夫だとも思っている。あんなに仲がいい夫婦だったのにと言ったら、『しょせん、仮面夫婦よ。子どもたちを傷つけたくなかっただけ』って。ずっと幸せそうだったのにと言っても、そう見せていただけと言い張る。いったい、どうしちゃったんだろうと思います」
ミナミさんは、それでも姉との会話を諦めなかった。ずっと話を聞いてきて、「誰かのせいにしなければ、今の虚しい人生を受け入れられない」姉の心のありようを思い知った。姉の友人には、結婚、出産後もずっと仕事を続けてきて企業の役員になった人もいれば、子育てしながら大学に再入学、大学院でも学んで今は社会的に活躍している人もいる。姉は他の女性たちの生き方に衝撃を受け、自分の過去と比べて苦しんでいる。夫のせいで「人生、羽ばたけなかった」と思い込みたいのだろう。
大事なのはこれから
「そうやって心を癒やすしかないのかもしれません。姉も本当は分かっているんです。そんなに悪い家庭じゃなかったし、夫も決して冷たいわけでも横暴なわけでもなかったことを」姉が以前のように明るくなり、今後の人生に何か目標をもってくれたらいいとミナミさんは思っている、と同時に「人生って難しい」とも痛感している。
「どんな人生だって後悔は残ると思うんですよ。それをいちいち人のせいにしていたら、かえってつらいんじゃないかなあ。姉はかつて優等生だったし、自分に厳しいから、自分と折り合いをつけられなくなる時が来ちゃったんでしょうね。義兄は淡々と、でも思いやりを持って接してくれている。私から見れば羨ましいですけど、そういう今の状況も姉にとっては『下手な罪滅ぼし』だと映るみたい。義兄に罪はないと思うから気の毒です」
「老後」と言われる時期の入り口で、過去にとらわれることがあるのは仕方がないのかもしれないが、「大事なのはこれから」とミナミさんは今日も姉に言い続ける。








