『新 都市動物たちの事件簿』(佐々木洋著)では、プロ・ナチュラリスト(プロの自然解説者)の著者が思わず人に教えたくなる“都会派動物たち”のエピソードについてお伝えしています。
今回は本書から一部抜粋し、千葉で爆発的に増えるキョンの生態と、その驚異的な拡大の背景について紹介します。
千葉でキョンが爆発的に増加した背景
日本には、爆発的に増え続けるキョンに悩まされている地域がある。それは、千葉県の房総半島である。正確には、今では、房総半島とその周辺の地域、と言ったほうがいいだろう。ここのキョンは、猛スピードで、数ばかりでなく、生息域も拡大している。
こちらのキョンは、2001年に閉園した勝浦市内にあったレジャー施設から、1960年代から1980年代にかけて逃げ出し房総半島に定着したと考えられている。
2025年1月9日の「朝日新聞」のウェブ記事によれば、2023年には千葉県内のじつに17市町で生息が確認され、その数なんと推定8万6000匹だそうだ。
2006年の千葉県内の推定生息数は1万2200匹だったので、わずか17年ほどで7倍近くも増えたことになる。このペースでいけば、県内の推定生息数が10万匹を超えるのは時間の問題だろう。
キョンが千葉県内で爆発的に増えた主な原因は、5つあると私は考える。
1つは、ものすごい繁殖力によるものだ。2つ目は、温暖な房総半島の気候がキョンに適していたことだ。3つ目は、餌が豊富であることだ。4つ目は、キョンを日常的に襲う天敵がいないことだ。
ここまでは、伊豆大島のキョンと同じだが、房総半島のキョンが増え続けている理由には、もう1つ見逃せないものがある。
それは、なわばりを守る習性の強いキョンがどこまでも生息域を広げていくことができる立地条件がある、ということだ。
四方が深い海に囲まれた伊豆大島とは違い、勝浦市のキョンはほかの市町などに簡単に広がっていけるのだ。
県境を越え東京23区にキョンが……!?
その結果、今、県境を越え、隣の茨城県各地でも次々とキョンが目撃されている。茨城県のホームページでは、2025年4月末時点での県内でのキョンの確認はわずか4例となっている。だが、それらは、死体が見つかった2例に、生存個体がセンサーカメラで撮影された2例を足した、確実なもののみである。
単なる目撃情報まで加えていくと、かなりの件数になるだろう。
そして、ついに茨城県は、2024年4月1日以降に県内で撮影されたキョンの画像や動画の提供に対して1件につき2000円を支払い、県内自治体から許可を受けた狩猟免許を持つ個人や団体が、県内でキョンを捕獲した場合には、1匹につき3万円を支払うという、キョン褒賞金制度をスタートしたのだ。
県内への本格的な進出が始まってからでは遅いからである。じつは、キョン進出の懸念は、東京にもある。東京と言っても伊豆大島のような島ではなく、本土の都心部だ。
千葉県にもう一度目を戻すと、県内ではすでに柏市に到達している疑いがある。2023年12月16日の「週刊現代」のウェブ記事によると、柏市の農家の方が、3度も市内でキョンを目撃しているというのだ。
東京侵入Xデーは近い
このことは、何を意味するか。続いてキョンが、松戸市や市川市などへ進出したとしよう。すると、もう江戸川を渡れば東京23区の葛飾区や江戸川区なのだ。キョンはシカの仲間なので、泳ぎは達者である。実際に、私は利根川を泳いで渡っていると思われる画像を見たことがある。また、房総半島では、海を泳ぐキョンの姿がときおり目撃される。
キョンは、江戸川の柴又付近の約150メートルの川幅など、難なく泳ぎ切ることができるはずだ。
もちろん、人や自動車などが渡る国道6号線の新葛飾橋や国道14号線の市川橋を使う可能性もある。そして東京都に入ったあとは、江戸川の河川敷に沿って移動し、近くの都立水元公園でマスクラットに「合流」するかもしれない。
外国から連れてこられ、管理上の問題などで野に放たれた小さな外来のシカが、ついに東京23区の土を踏む時が迫っている。そのXデーは、予想以上に近いかもしれない。
佐々木 洋(ささき ひろし)プロフィール
プロ・ナチュラリスト。40年近くにわたり、自然解説活動を行っている。とくにホームグランドの東京都心部では、毎年200回ほど自然観察会を開催している。NHK『ダーウィンが来た!』などに出演。『どうぶつのないしょ話』(雷鳥社)、『となりの「ミステリー生物」ずかん』(時事通信社)など著書多数。NHK大河ドラマ生物考証者、Yahoo!ニュース エキスパートコメンテーター。







