『世界史講師が語る「保守」って何?』(茂木誠著)では、世界史的視点と戦後日本政治史の視点で「保守」と「リベラル」の現在についてお伝えしています。
今回は本書から一部抜粋し、第2次安倍政権の政策と、それを巡る「保守」「リベラル」の対立構造、そしてマスメディアの影響力の変化を振り返ります。
アベノミクスと外交安保政策
安倍晋三が最初に取り組んだのが、日本経済の再建——アベノミクスでした。1980年代にアメリカ経済を立て直したレーガノミクス(レーガン政権のエコノミー政策)になぞらえてこう呼ぶのですが、次の三つの政策が柱となっていました。
①日銀による大規模な金融緩和(円の増刷)
②国土強靭化(震災対策など)のための公共事業
③規制緩和
このアベノミクスが功を奏し、日経平均株価は2万円台に回復し、若者の就職率は過去最高を記録しました。なお、GDP(国内総生産)成長率が目標の2%に届かないのは、野田政権時の法律通りに消費増税(2014年に8%→2019年に10%)を行なったためで、これは失政といえます。
また、華々しいのが外交安保政策です。
毎年変わる回転ドアの政権では国際的地位がどんどん落ちていきますが、安倍長期政権はオバマ米大統領の広島訪問を実現し、トランプ大統領の信頼も勝ち取り、ロシアのプーチン大統領とは蜜月といえる関係を築き、中国の習近平政権には付け入る隙を与えませんでした。
通信傍受法、特定秘密保護法、テロ等準備罪の可決成立は、スパイ天国といわれてきた日本の守りを固めるための法律ですし、国家安全保障会議(NSC)の設置や有事法制は有事(緊急事態)に備えて自衛隊が動きやすくするための法律です。
憲法改正にはもう少し時間がかかるので、現行憲法下でできることをやっておこうということでした。
いずれも主権国家であれば整備しておくべき当たり前の法律ですが、野党と主要マスメディアは「戦争準備」「徴兵制の復活」「アベの暴走」と煽(あお)り立てました。そのたびに支持率は落ち込みますが、またすぐに回復します。
攻めあぐねた「反アベ」陣営は、学校法人森友学園の国有地取得、加計学園の獣医学部認可に、安倍首相が口利きをした、という新たな火種——いわゆる「モリカケ」問題に点火しましたが、もはや政権を倒すほどのインパクトはありません。
「反アベ」が通用しなかった理由
第1次安倍政権打倒で成功したこれらの手法が、なぜまったく通用しなくなったのか?1つはアメリカです。トランプ大統領自身が、選挙期間中から民主党のヒラリー・クリントン候補に肩入れする米主要メディアによって猛烈なバッシングを受けながらも、Twitter(現X)を武器として選挙活動を展開し、勝利を収めたことです。
また、トランプは境遇が似ている安倍に同志的なシンパシーを感じており、日米関係が非常にうまくいっていたこともプラスでした。
もう1つ、より決定的なのは、日本国民のテレビ離れ、新聞離れです。テレビを流しっぱなしにし、新聞をとっているのは、ネットを使いこなせない高齢者になってしまいました。
視聴率や部数を確保するためには、高齢者が好むような報道をせざるを得ず、ますます若者が離れていくという悪循環です。マスメディアにはもはや未来がなく、2014年には朝日新聞に入社した東大卒業生がゼロになりました。
「反アベ」集会に集う人々は、1960年代の学園紛争を懐かしむ高齢者が大半となりました。彼らが過ごした青春を嗤うつもりは決してありませんが、「おじいちゃん、おばあちゃん、もう無理しないで……」と声をかけたくなります。
戦後体制、日本国憲法体制を護持するという意味で、「彼らこそ保守ではないか?」との皮肉な見方もあります。しかし、国際情勢の激変に目をつむり、70年前に制定された憲法を一字一句変えるなというのは、もはや「信仰」というべきです。
本来の意味の「保守」は、伝統を大事にしつつ、時代に合わせて変えるべきところは変えていくという柔軟な漸進主義の立場です。
安倍長期政権を生み出した日本人が保守化した、というのは事実なのでしょう。日本人を保守化させたのは、あの民主党政権のおかげなのです。
茂木 誠(もぎ・まこと)プロフィール
作家、予備校講師、歴史系YouTuber。駿台予備学校、ネット配信のZEN Study(旧N予備校)で世界史担当。『世界史で学べ! 地政学』(祥伝社)、『「戦争と平和」の世界史』(TAC)、『教科書に書けないグローバリストの近現代史』(ビジネス社・共著)、『「リベラル」の正体』(WAC出版・共著)、『世界の今を読み解く政治思想マトリックス』(PHP)、『日本人が知らない!「文明の衝突」が生み出す世界史』(ビジネス社・共著)、『弱肉強食の現代史18バトル』(KADOKAWA)など著書多数。YouTubeもぎせかチャンネルは、登録者23万人。







