『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(舟木彩乃著)は、「この人さえいなければ、もっとストレスなく働けるのに」と思わずにはいられない職場の困った人たちの事例と解決策を解説する一冊。
本書から一部抜粋し、「あの上司では私の能力を活かせません」と不調の原因を説明する他責傾向の部下の心理について紹介します(全2回の後編/前編を読む)。
心理的背景|他責的な発想と「新型うつ」
仕事の時にだけ不調に陥る部下(以下、Qさん)は、「新型うつ」(正式な疾患名ではない)の可能性があります。従来型うつ病の特徴は、意欲や食欲の低下、抑うつ状態が続くなどですが、新型うつ病は仕事以外では元気で、旅行やスポーツなどを楽しむことができます。「自分の能力を認めてもらえない」や「自分のスキルを活かせる仕事を任せてもらえない」など、他責的な発想をする傾向があるのも特徴です。新型うつ病は、単に性格の問題とみられがちですが、本人は抑うつ状態や意欲の低下などの症状を実際に体験しています。そのため、精神科を受診すると「うつ病」と診断されることもあります。
その後、Qさんは上司(以下、杉田さん)から、指示していた仕事が期日までに終わっていなかったことで、少し厳しめの注意を受けることがありました。
他のメンバーにも迷惑がかかっていたことから、杉田さんにしては割合はっきりと、「周囲にも迷惑がかかることだから期日は守ってほしい」と指摘したそうです。
Qさんは、翌日から明らかにやる気のない様子を見せるようになりました。同僚などにも堂々と「自分の力を認めてもらえない」などと愚痴を言うようになり、遅刻に加え、欠勤を繰り返すようになりました。
叱責から数週間後、杉田さんがQさんと再度面談しようと思った矢先、Qさんは「うつ状態のため1か月の休暇が必要」との診断書を持参し、翌日から傷病休暇となったそうです。
休職中に飲み歩きツアーを楽しむ部下
その後も復職できず、傷病休暇は3か月目に入ろうとしています。部署の同僚は、Qさんの仕事をカバーするための業務が増えていたのですが、あるとき彼女のSNSに、飲み会や旅行の写真が毎日のように投稿されているのを発見しました。しかも、“飲み歩きツアー○○町”というテーマで、お店を自分で紹介する動画までアップしていました。同僚は「彼女は本当に病気なの?」と疑うと同時に、「欠勤中のフォローで自分の仕事にも影響が出ている」という苦情を、杉田さんのほうにも言ってきたようです。
しかし、QさんのSNSでは、これ以上に問題となるものがありました。杉田さんによれば、部下数名から、Qさんの裏アカ(SNSで本名や素性を隠して使う“裏のアカウント”のこと)らしきアカウントがあるという報告を受けました。
その裏アカでは、職場に対する悪口など、ネガティブな発信を休む前から繰り返していたようです。
SNSで裏アカを作成する理由は、さまざまあるといわれています。1つは表向きのアカウント(本名などを使用する本アカ)とは別に、本音や愚痴を吐き出す場としてです。また、推し活などリアルの知り合いに見られたくないことを投稿する目的で、こっそりつくられることが多いといわれています。
複数の部下がなぜ裏アカはQさんだと気づいたかというと、部署内のメンバーで行った会食の場所や話題にのぼった会話などの投稿が、実際とタイミングよく合致していて、文体も似ているという理由からでした。
確証はないものの、杉田さんが、Qさんではないかという裏アカをチェックしてみると、次のようなことがほぼ毎日投稿されていました。
このアカウントがQさんだとすれば、筆者との面談で話していた内容とも、ほぼ合致します。「うちの会社の広報って地味すぎ」
「自分より学歴が低い上司の下で働くのってどうなの? 同じ気持ちの人いない?」
「スキルを活かせず精神疾患に。休職するしかなかった」
「若い人の発想を活かすことを考えない会社は終わりって思うのは私だけ?」
いずれの投稿も社名などは出していないものの、とにかくネガティブな感情を吐き出しては、共感を求めているものが多くありました。自己肯定感を回復させたかったことは、容易に想像できます。
しかし、本名のアカウントを含め、同僚がこのような投稿を見たらどのように思うのか、想像力に欠けていたといえるでしょう。
「あの上司では私の能力を活かせない」
筆者は、休職や退職に先だっての面談を数多く経験してきました。その際、従来型うつ病の人からは「自分が弱いばかりに申し訳ない」という自責的な言葉が出てきます。それに対し、新型うつ病の場合は、「あの上司では私の能力を活かせない」などという他責的な発言が多いという特徴があります。
新型うつ病は、Qさんのように仕事から離れると飲み会や旅行を楽しむほど元気なケースもあるため、「単に甘えているだけでは?」と誤解されがちです。職場で人間関係のトラブルを抱えていることも少なくありません。
しかし、本人は極端な気分の浮き沈みや鉛様麻痺(鉛のように身体が重く感じる)に苦しんでいることもあり、社会生活に深刻な影響があります。
受診のタイミングによっては、Qさんのようにうつ状態やうつ病などと診断されることもあります。
ただ、新型うつ病は必ずしも抗うつ薬が奏功するわけではなく、対応が難しいといわれています。背景にはパーソナリティ障害などが関係していることもあり、対応が難しい疾病だといえます。
上司・職場ができる対応とは
上司や職場は、新型うつ病の社員に対して、どのように対応すればよいのでしょうか?新型うつ病が疑われるケースでは、職場側は本人のつらさに共感し、どんな希望があるかヒアリングしながらも、すべて希望通りにすることは避けたほうが賢明です。特別扱いすることで本人の自己愛を助長させることがあり、他の社員との間で不公平感も出てしまいます。
上司や人事担当者、産業保健スタッフなどで、就業規則の枠内で可能な対応方法を探って共有し、社内で一貫した方針を取る必要があります。
また、SNSの投稿などについては、本人ときちんと話し合うことが必要でしょう。裏アカについては、それが本人の作ったものだと疑うことで、また別の問題を引き起こす可能性があります。
社内の機密事項を漏らしたり、他の社員のプライバシーを侵害したりした場合に対する会社の対応方針など、一般的なルールとしてきちんと説明して、説明した証拠を残しておくことが必要でしょう。
今回のQさんへの対応については、彼女が復職した時点でSNS投稿などの件について、正式に話し合う機会を設けるとのことでした。
舟木 彩乃(ふなき あやの)プロフィール
心理学者(ヒューマン・ケア科学博士/筑波大学大学院博士課程修了)。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」/筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻長賞受賞。メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。官公庁カウンセラーでもあり、中央官庁や自治体での研修・講演実績多数。文理シナジー学会監事。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタント技能士2級などを保有。Yahoo!ニュース エキスパート オーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。







