『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(舟木彩乃著)では、「この人さえいなければ、もっとストレスなく働けるのに」と思わずにはいられない“問題がある職場の人たち”の事例と解決策を紹介しています。
今回は本書から一部抜粋し、「自分の非を決して認めず、すべて部下のせいにする上司」の具体的事例について紹介します(全2回の前編)。
事例|部下を犯人のように追い詰める上司
上司のなかには、仕事上のミスやコミュニケーション上の行き違いがあったときなど、決して自分の非を認めず、すべて部下のせいにする人がいます。部下が自分の非を認めないと、認めるまでまるで刑事の取り調べのように追いつめる上司もいるので、部署は常にピリピリとした雰囲気になります。いつも緊張を強いられる部下は、強いストレスにさらされます。このような職場で働くときは、どのようにすればよいのでしょうか?
沢田さん(仮名、女性20代)は、ある中小企業の総務課に所属し、役員秘書を兼務しています。彼女は控えめな性格ですが丁寧な仕事をするので、社内の評価も高く秘書として有能な人です。秘書の業務のひとつに役員室の清掃がありますが、沢田さんがいつも隅々まで掃除をするので、部屋は常に整頓されていて清潔感を維持していました。
一方で、彼女の上司であり、秘書として仕えている役員Bさん(男性50代)は、仕事ができるタイプではなく、イライラしては周りの社員に八つ当たりするような人でした。Bさんのおかげで困っている人も多かったのですが、オーナー社長の息子であるため、同社の社員は表立っては彼になにも言えずにいました。
沢田さんは掃除中にB役員と2人になることがありますが、彼の機嫌が悪いと部屋の空気が張りつめたようになり、息苦しくなってしまうそうです。なお、社員の間では、B役員の機嫌が悪いときは、大抵は父親である社長から役員会議などの場でなにかをきつく指摘されたり、叱責されたりした後であると言われていました。機嫌が悪いとき、B役員はなにかしらの理由をつけて社員に対して文句を言っては、憂さを晴らしているのです。
トラブル発生|役員室の鍵と、消えた菓子折
ある朝、沢田さんが出社すると、彼女と同じく総務課で社長秘書を兼務している先輩Cさん(女性30代)から、B役員が沢田さんのことを相当怒っていると言われました。その理由は、今朝B役員が早めに出社したところ、役員室の鍵が開いていて、デスクに置いてあった菓子折もなくなっていた、というものです。役員室を施錠する鍵を管理しているのは役員本人と総務課で、掃除が終わったら施錠して鍵置き場に戻すことになっています。
C先輩から、「昨日、最後にB役員の部屋を掃除して鍵をかけたのは沢田さんだよね?」と確認されました。たしかに昨日役員室の掃除をしましたが、デスクに菓子折が置かれていた記憶はなく、確実に鍵をかけたはずでした。
それをC先輩に伝えると、先輩は「まずは、とにかくB役員のところへ早く行ったほうがよい」とアドバイスをくれ、そのあと「昨日、B役員は社長からいろいろと厳しいことを言われたみたいだし……」とも付け加えました。
沢田さんは急いで役員室に向かいました。
役員室のドアを開けると、険しい表情をしたB役員が沢田さんの顔を見るなり、「今朝、部屋の鍵がかかっていなかったし、デスクにあったはずの菓子折もない。全部お前だろう!」と怒鳴ってきたそうです。
驚いた沢田さんは、謝罪しながらも、掃除をしたときの状況について丁寧に説明をしました。掃除のときはいつもデスクの上のものには触らないようにしていることや、昨日も忘れずに鍵をかけたことを伝えましたが、「では他に誰がやったのか?」「私の勘違いだとでも言いたいのか」などと詰問されると、返す言葉が見つからなかったそうです。
そのときのB役員は終始、沢田さんが犯人だと決めつけたような言い方をしていたということです。
立ったまま……2時間以上も続いた詰問
なにを言っても信じてもらえないと思った沢田さんは、途中から「自分が犯人だったことにして謝ったほうが楽かもしれない」とか「もしかしたら本当に自分のミスなのかな」などという考えが浮かんできたそうです。しゃべりながら次第にヒートアップしてきたB役員の話は、沢田さんの人間性にまで及び、社員たちの愚痴、最終的には会社の経営方針への不満にまで広がりました。B役員の話はなかなか止まらず、彼女は立ったまま2時間以上もいろんな話を聞いていたそうです。
簡単には怒りが収まりそうにないB役員に対し、沢田さんはどう対応したらよいかわからず、そのときの状況に耐えきれなくなってしまって、何度も謝罪したということでした。
結局、B役員から「もう帰っていい」と言われてやっとその場から解放され、通常の業務に戻ることができたそうです。
しかし、そもそも本当に自分が鍵をかけ忘れたのか、デスクの上には菓子折があったのか、これらのことについては決定的な証拠がなく、わからないままだったということです。
以前にも今回のことと似たような事件があったようで、沢田さんの前にB役員の秘書をしていた女性も、同じように鍵のかけ忘れや資料、貴重品がなくなったなどと騒ぎ立てられ、別部署へ異動になったようでした。
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なぜ、B役員は自分の非をかたくなに認めないのでしょうか?【後編】では、彼の心理的背景を中心に解説します。
舟木 彩乃(ふなき・あやの)プロフィール
心理学者(ヒューマン・ケア科学博士/筑波大学大学院博士課程修了)。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」/筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻長賞受賞。メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。官公庁カウンセラーでもあり、中央官庁や自治体での研修・講演実績多数。文理シナジー学会監事。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタント技能士2級などを保有。Yahoo!ニュース エキスパート オーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。







