高市内閣総理大臣が所信表明で挙げた「攻めの予防医療」で何が変わるか?
高市首相が所信表明演説で「攻めの予防医療の徹底」を掲げました。 一見キャッチーに聞こえる言葉ですが、医療現場にいる者としては、これまでの流れとは明らかに異なる転換点を示すものだと感じています。
単なる医療費削減や検診率向上を目的とした“守りの予防”ではなく、「健康寿命を延ばし、生産性を高めるための“攻め”の医療戦略」としての方向性が示されたことに、大きな意味があるのです。分かりやすく解説します。
「健康医療安全保障」とは? 「健康は国家の資産」と捉える新戦略
今回の演説では、「健康医療安全保障」という新しい概念も登場しました。これは、医療を“社会保障のコスト”ではなく、“国家の基盤”と位置づける考え方です。パンデミックを経て、健康が経済や安全保障と切り離せないテーマであることが明らかになりました。これまで医療は「命を守る」ことが中心でしたが、これからは「健康で活躍できる時間をいかに延ばすか」という方向へシフトしていきます。
つまり、「寿命を延ばす医療」から「健康な時間を延ばす医療」への転換です。社会保障を支える人口が減る中で、一人ひとりがどれだけ長く働けるか、どれだけ動けるかという視点が、国の持続性を左右する時代に入っていることが分かります。
“国任せ”から“自分で守る”へ 自己防衛型ヘルスケア社会の到来
同時に、今回の方針は「国が全てを守る時代の終わり」を意味しているとも感じます。社会保障費の膨張が止まらない中で、医療制度は「自己防衛型」にシフトしていくでしょう。その象徴が、医薬品のOTC化(一般用医薬品化)の流れです。これまで病院で処方されていた薬の一部が、今後は薬局で自ら選んで購入する方向へと進んでいます。
つまり、自分の体を理解し、必要な薬を正しく選ぶ力、ヘルスリテラシーが求められる時代になったということです。
一方で、知識がないまま自己判断を行うと、誤った薬の選択や副作用のリスクも高まります。そのため、血液検査や健診の結果など、自分の健康データを日常的に管理し、その都度、医師など専門家と連携しながら健康を守る仕組みが不可欠になります。
「攻めの予防医療」の本質は? データで先回りし、リスクに対策する新しい医療
“攻めの予防医療”とは、病気を防ぐための「守り」ではなく、健康をつくるための「攻め」です。例えば検診を受けて終わりではなく、自分の体の変化をデータで可視化し、リスクを先回りして対策を打つ。これこそが、これからの予防医療の本質です。
国が電子カルテやデータヘルスを推進するのも、医療をより効率的かつ個別化するための基盤づくりといえます。医療機関や個人のデータが安全に連携し、誰もが自分の健康情報にアクセスできるようになれば、ようやく「予防が中心の社会」が実現していくでしょう。
健康を「消費」から「投資」に! 予防医療を支える制度と企業の役割
健康を「消費」ではなく「投資」として捉える時代が、日本にもようやく到来したと感じます。アメリカでは、HSA(Health Savings Account:健康貯蓄口座)やFSA(Flexible Spending Account:医療費専用口座)といった制度があり、医療関連の支出を非課税で積み立て、利用でき、健康への支出を“投資”として優遇する考え方が、社会全体に浸透しています。日本でも、健康に投資する人や企業が報われるような仕組み、たとえば、予防医療サービスや健康増進への支出を税制でサポートする制度などが生まれれば、国全体としての健康リテラシーは大きく向上するはずです。これからは、健康寿命の延伸を支援するようなプロダクトが求められていくでしょう。
同時に、医師側にも変化が求められます。
病気を「治す」ことに加え、病気を「防ぐ」ために時間を使える制度的な余裕が必要です。予防医療を支援する医師が正しく評価される報酬体系や、医療・企業・行政が連携できる新しい仕組みづくりも不可欠です。
政策から文化へ! 「攻めの予防医療」を日本社会に根づかせるために
首相の演説は、医療政策が「治す」から「整える」へと移行していくサインです。しかし、政策だけでは社会は変わりません。本当に大切なのは、私たち一人ひとりの意識です。健康を“戦略的に管理する”という考え方が社会全体に根づけば、日本の医療は次のステージへ進むことができます。病気を防ぐことだけを目的とせず、健康を育て、人生をより豊かにするために医療を活用する。それが「攻めの予防医療」の本当の姿です。政策を追い風に、予防医療を一過性のスローガンではなく“文化”として定着させること。それが、これからの日本社会が目指すべき方向だと感じています。







