世の中には無数の習い事があり、「他のご家庭は何を選んでいるのだろう?」と気になる方もいるのではないでしょうか。子どもの代表的な習い事を利用者数が多い順に挙げると、スポーツ(58%)、音楽(25%)、習字(17%)、英会話(16%)、そろばん(7%)、バレエ・ダンス(5%)となります。
この記事では、長年にわたり中学受験の最前線で指導にあたる塾講師が、学力上位層が実際に選んでいる「学力の土台となる習い事」の選び方を、脳科学・発達心理学の視点も交えて解説します。
<目次>
中学受験を見据えた能力開発のロードマップとは
さて、中学受験の土台となる能力を最大限に伸ばすには、子どもの発達段階を理解することが不可欠です。そこで重要になるのが、子どもの能力を左右する決定的な時期を「臨界期」と呼び、就学前の家族をはじめとする周囲の大人たちによる支援が子どもの脳の発達に大きく影響する時期を「敏感期」と呼ぶ、幼児教育上重要な概念です。臨界期は、特定の能力を習得するのに脳の発達上、最も効果がよく現れる時期を指す「生理学用語」です。一方、敏感期は、子ども自らの感受性や学習意欲が高まり、自発的に特定の活動に取り組む時期を指す「発達心理学用語」です。特に中学受験における学習の基礎力は、この臨界期と敏感期を意識して習い事を選ぶことで大きく伸ばすことができます。
このように、習い事の上達効率は、臨界期か敏感期かによって大きく左右されます。特に中学受験の基盤となる能力について見ると、言語、数学、音感・感覚などに臨界期が存在し、外国語の臨界期は0~12歳、筆算・暗算、絶対音感は3~6歳です。
運動については特に臨界期はないとされますが、球技や器械体操、フィギュアスケートなどは6歳が臨界期といわれています。これは脳科学的にも確かな事実とされているため、習得を目指すならば臨界期に始めるのがよいでしょう。
中学受験の学力上位層が選択する習い事
筆者が長年専門とする中学受験の観点から、今回は「中学受験」との親和性が高い習い事についての具体的なデータを紹介します。小学5年生に「どのような種類のおけいこごとに通っていますか(複数回答)」とアンケートを取ったところ、概して学力の高い層ほど習い事をしている割合が高いという傾向が確認されました。
中でも、学力上位層(国語と算数の上位半数)で顕著な習い事は、「音楽」(61.9%)と「英会話・英語教室」(38.9%)で、算数の学力上位層で多いのが「そろばん」(17.9%)という結果になっています。
中学受験をする層はA層(学力上位25%)に絞ると、その層でも「音楽」を習っている割合は33.9%、「英会話・英語教室」は19.9%と、高い水準にあることが分かります。
「音楽」の分野には「ピアノ」「ヴァイオリン」「フルート」「声楽」などがありますが、6歳以下の年齢では、定番の「ピアノ」がおすすめです。
なぜ「ピアノ」が中学受験の土台作りに最適なのか
「なんでピアノなの?」と疑問に思う方もいるでしょう。その理由は、中学受験の学習効率を左右する「骨年令と手の発達段階」が深く関係しているからです。手の発達は生後すぐの「把握反射」から始まり、手全体で物を握る「尺側握り~橈側(とうそく)握り」を経て、指先で細かいものを操作する段階へと進みます。年令が上がるにつれて、指先でつまむ力が発達し、最終的には手首や指の細かな動きで物を操作できるようになります。
親指、人差し指、中指の3本の指で物を支える、発達の最終段階の握り方である動的三指握りができるようになるのは4歳半~6歳であるため、それまでは、鉛筆を長時間使って筆記することは避けたほうがよいでしょう。
私立小学校入試で口頭試問や行動観察が主体となっていて、ペーパーテストでは、正解を丸で囲む、関係するものを線で結ぶといった形式が出題されるのは、こうした理由からです。
つまり、小学校入学前の時期(特に動的三指握りが完成する前)には、鉛筆での細かい筆記を必要とする公文式などのプリント学習を長時間にわたって演習させるのは、手の発達を妨げ、変な鉛筆の持ち方になるので避けた方が賢明です。この時期は、手の発達に負担をかけない学習方法を選びましょう。
手が疲れて鉛筆をうまく握れず、動的三点握りができなくなったりすると、鉛筆の持ち方を矯正する必要が出てくるほか、悪い書き癖がついてしまうこともありますので、注意してください。
ちなみに、手の複雑な動きを支える8つの手根骨が完全に形成されるのは12歳とされています。このデリケートな時期の手の発達段階に合わせて楽器を選ぶと、鍵盤を指先で「叩く」ことで強弱をつけられ、指先は高度に使いつつも、手根骨には過度な負担がかかりにくい「ピアノ」が、手の発達の観点から最適といえるのです。
学力向上を支える「非認知能力」と「メタ認知能力」
さて、習い事は直接的に学力を向上させるというよりも、「メタ認知能力(自分を客観的にみる力)」や、集中力・持続力・忍耐力といった「非認知能力」を育て、学力向上の土台を作る役割があります。知的学習に必要なのは「認知能力」、学習の土台をつくるのは「非認知能力」、学習効果を大きく左右するのは「メタ認知能力」といわれます。
この教育心理学の分野に興味ある方におすすめなのは、『勉強ができる子は何が違うのか』(榎本博明著、ちくまプリマー新書)ですので、子育ての一助にしていただくといいと思います。
「音楽系の習い事」はスキルアップのための練習が欠かせないため、学力をつけるための反復練習と親和性が高い習い事といえます。
「英語系の習い事」も言語を耳から学ぶ臨界期を考慮すると、中学受験との親和性は高いのですが、中学受験で入試結果に直結する英語力は「英検3級」(中学3年生のレベル程度)以上と考えた方がいいでしょう。
筆者の経営する塾には、「英検準2級」や「英検2級」を取得している小学生も通っていますし、難関校(渋谷幕張中など)の帰国子女入試では「英検準1級」レベルが求められます。英語の成績を加点要素として中学入試を有利にしようと考えてお子さんに英語を習わせる場合は、そのレベルにご注意ください。
また、「そろばん」による暗算力や、「公文式」によるプリント学習は、中学入試の算数における計算分野の基礎体力を養う上で非常に有効です。ただし、これらの学習は算数の図形問題(幾何分野)や思考力問題には対応しないという限界も理解しておく必要があります。
受験直前期における習い事の「セーブ」戦略
筆者の経営する塾には、公文式の現役指導者、ピアノの先生、予備校の講師など、教育関連のプロフェッショナルである保護者も多く通われています。そのため、中学入試の学習と各種習い事の親和性や、両立の難易度について、筆者は多くの実例に基づいた経験則を持っています。その経験則を踏まえると、中学受験勉強と並行して継続できるのは、「普段から家での練習が必要な習い事」は最大でも1つまで(例:楽器ならピアノのみ)と考えるのが現実的です。
運動系の習い事では、水泳のように活動時間が短く、勉強時間への負担が少ないものは継続が比較的容易です。しかし、チーム競技(野球、サッカーなど)は、練習時間だけでなく試合や遠征などによるスケジュール調整が頻繁に必要となるため、中学受験との両立は難しいと言えます。
こうしたことを踏まえ、筆者が生徒一人ひとりに合わせて習い事の「セーブ」時期を判断する際には、生徒の成績と志望校レベル、受験勉強の進捗度(習熟度)、そして生徒の学習ポテンシャルと家庭のサポート体制といった複数の要素を総合的に見極めています。
例えば、「ピアノは6年生の発表会まで」「野球は6年生の夏前まで週1回」といったように、「習い事の強度」と「受験勉強の習熟度」の合計が、「生徒のキャパシティ」と「家庭のフォロー力」の合計を超えないよう、戦略的にスケジュールをコントロールすることを保護者の方に提案しています。
ただ、習い事の成果は、先生との出会いや友人関係、そして何よりも「お子さん自身がどれだけ熱中できるか」という要素に大きく左右されます。
どんなに戦略的な習い事であっても、長続きしなければ意味がありません。中学受験への親和性を考慮しつつも、お子さん自身が強い興味を持ち、自発的に取り組めるものを最も重視して「習い事」を選んでください。それが、非認知能力を最大限に伸ばす秘訣です。
<参考>
・ベネッセ「教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書」
・城南進学研究社ー教育関係者向けソリューションサービス:久保田競「脳科学コラム」
・AIQ「モンテッソーリ教育の敏感期とは?ー小学校受験にも活かせる家庭環境づくりの実践ガイド」
・『勉強ができる子は何が違うのか』(榎本博明著、ちくまプリマー新書)








