2年ぶりに実家に帰ってみたら
「今年は夏休みを9月に入ってからとり、久しぶりに実家に戻ってみました。いつも『まだ結婚もしないの』『周りはみんな孫がいるのに』と嫌みばかり言うので、ここ2年ほど帰っていなかったんです。実家の近くに姉一家がいるし、周りに親戚も多いので私が帰らなくても寂しくはないと思うけど、今年は姉が『たまにはあんたの顔を見たいって』と言うので帰ってみました」チサトさん(38歳)は独身生活を謳歌(おうか)していて、結婚する気持ちはあまりないという。だが親や親戚の前では「いい人がいればねえ」といつもヘラヘラごまかしてきた。だがそれがだんだん面倒になって親元を訪れなくなっていた。
「自分の生き方を否定されるのは嫌な気分になりますからね。最後に会ったときなんて、『結婚しなくていいから、子どもだけは生んでおきなさいよ』とまで言ったんですよ。生んでおきなさいよって、生んだらそれですむわけじゃないでしょ。そんな無責任なことがよく言えるねと批判してしまいました。母もムッとして、それっきりあまり連絡もとっていなかったんです」
タレントの悪口ばかり
今回、帰ってみて、チサトさんは「やはり母とは合わない」と痛感した。たまたま一緒にテレビを見ていると、母は次々とタレントたちをこき下ろし始めたのだ。やれ「この人、整形じゃない?」「年とったねえ、ひどくない? この顔、ほら、すごいシワ」「こんなに太っちゃったの、この人」と外見をやゆする言葉がポンポン飛び出した。「お母さん、自分だって年とってるんだよと言ったら、『当たり前じゃない』としれっとしている。芸能人だって人間なんだから年とるでしょと言うと、聞こえなかったふり。こういう高齢者だけにはなりたくないと思いました」
母が悪口を言い始めるとさりげなく席を立ったり、別の話題を振ったりしながら時間を過ごしていたそうだ。
悪口は女性に対してだけだった
そのうち、チサトさんは気がついた。母が言及するのは、タレント、政治家、著名人、どれも女性ばかり。男性の悪口は言わないのだ。「芸能人が結婚したニュースを見たときは、『あら、もらってもらったのね』って。もらうというのは当然、男性目線です。嫁をもらうという意味合いで、もらっていただけてよかったということなんでしょう。犬や猫じゃあるまいし、今どき、もらうなんてやめてよと思わず言ったら、『あんたはもらってもらえてないから?』とニヤリ。なにこれと思いました。お母さんがそんなに女性差別者だと思わなかったよと言うと、『女は男によって人生が変わるから』と。だから私はそういうことにならないように自分の人生は自分で決めるのと答えました。『愛されて家族をもつのが一番の幸せだと思うけど』と私と同級生の女性の名前を出すので、『そういえば、その彼女は離婚したって。さっき聞いてきた』と言ったら黙り込んでしまいました。母だって父とは不仲で、私の我慢でこの家は成り立っているといつも愚痴っていたはず。それを忘れているのか、それでもあえて女性は結婚しなければ不幸だと思っているのか……」
その後、母とはそういう点を巡って言い争いになってしまい、5日間滞在する予定が、彼女は2日半で実家を出た。やっぱりお母さんの価値観にはついていけないわ、まだ70代なんだからアップデートしないと嫌われる高齢者になるよと捨てゼリフを残してしまったものの、後悔はしていない。
「母も、他人に直接、そういうことを言ってはいけないとは分かっているみたいですが、娘になら何を言ってもいいと思っているんでしょう。むしろ娘だから自分の考えを思い切り押しつけてくる。これが正しい、こうしなさいって。どうしてあんなに自信満々なのかが謎ですけどね」
自分だけの価値観を押しつけないで
今や結婚するのが当たり前とも言い切れないし、結婚にもいろいろな形があると思っている人たちが増えているのに、「従来の形」に固執するのは理解できないとチサトさんは嘆く。あの分だと姉の子どもたちや、親戚の子たちにも「自分だけの価値観」を押しつけているようで心配だった。「姉に聞いたら、やっぱりそうみたい。姉の10歳になる娘に『女の子はかわいくなくちゃね』なんて言っているようです。そのたび姉は『おばあちゃんの言うことは聞かないで』と娘に言い含めているらしい。周りにそんな苦労をさせるなよと、母にはますます頭にきてしまいました」
女の敵は女というのは、こういうところから来るのだろうとチサトさんは感じている。同世代の対立より、苦労した高齢者が若い人たちに自分たちの人生を否定しないために、同じような苦労を押しつけようとするのではないか、と。
「情けないですよね。誰も自由に自分の人生を選択できる時代のはずなのに。私は物理的に離れているから精神的に侵食されずにすんでいると改めて感じました」
とはいえ母を変えることはもうできないだろう。対応する側が柔軟性をもって接していかないと、怒りを感じるか飲み込まれるかのどちらかになってしまいそうだとチサトさんは真剣に語った。