東宝で映画プロデューサーとして活躍後、弁護士に転身した著者が、アイドルやイラストレーター、YouTuberなど全てのアーティストが陥りやすいトラブルとその対策について、『アーティスト六法: 日本一わかりやすいエンタメ法律ガイド』(上野裕平著)で分かりやすく解説しています。
本書から一部抜粋し、今回は「生成AIの仕事利用に関する注意点」について紹介します。
<目次>
Q. クリエイターとしての仕事で、生成AIを活用していけたらと思っています。注意するべきポイントはありますか?
>まだある「エンタメ系トラブルQ&A」一覧私はイラストレーターになりたいのですが、最近は生成AIで作成した絵をSNSにアップロードして徐々に知名度を獲得しています。
実際の絵の技術はまだまだなので、仕事の依頼があった場合には、手作業もしますが、AIもうまく使いながら、ハイブリッドで制作を進めていこうと考えています。このような仕事のやり方について、何か問題になることはありますか?
A. まずはクライアントとの契約をしっかり確認。生成AIの使用が問題になることもあります。
AIと著作権は、かなりホットな論点です。そもそもAIはArtificial Intelligenceの略称であり、いわゆる人工知能のことです。AIの使用においては2つの段階があり、まず学習用のデータを用意し、これを学習に利用して学習済みのAIを開発するという「開発・学習段階」と、AIを利用して画像等を生成し、これを商業的に利用するという「生成・利用段階」のそれぞれに著作権法上の論点があります。
今回は、仕事で生成AIを使用するというシーンを入り口にして、AIの著作権がどのように考えられているかを見ていきたいと思います。
AIにデータを学習させる行為について
相談者は生成AIを利用してイラストを作成しているようですが、例えば、一定の方向性のイラストを作成したいという時に、その方向性に近いイラストをAIに複数学習させることで、最終的な出力の精度が上がるといった使い方が考えられます。このように、他人が著作権を有するイラストをAIに学習させる行為は著作権侵害にあたるのかという点が、まず問題になります。
この点について、デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備を目的に、著作権法が平成30年に改正されており、著作権法第30条の4という条文が追加されました。
その内容は「著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる」というものです。
AIの学習は、情報解析の用に供する目的であり、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」と言えます。
したがって、AIの開発のための情報解析のような利用行為においては、原則として著作権者の許諾なく著作物の利用を行うことが可能ということが、著作権法に明文化されたと言えます。
もちろん、例外として、「著作権者の利益を不当に害する」場合は除くとされていますので注意は必要ですが、原則としては他人が著作権を有するイラストをAIの学習に用いることは、著作権法上の問題はない行為であると言えます。
AIで生成した画像を利用する行為について
次に、AIで生成した画像が著作権侵害を構成することがあるかという点ですが、これは著作権侵害を判断する従前の枠組みと同様の方法で判断することになり、一般的には類似性(他人の著作物と同一又は類似しているかどうか)と依拠性(他人の著作物に依拠しているかどうか)に基づいて判断されます。この類似性と依拠性を含めた著作権侵害の判断について詳述するのは控えますが、いずれにしても、AIで生成した画像が著作権侵害を構成する可能性は完全にないとは言い切れません。
もっとも現状では、AIで生成した画像の著作権侵害の判断については現実の具体例が蓄積しておらず、どういう場合に著作権侵害となるかは一概には言えません。
この点、2025年の前半にスタジオジブリのアニメに似せた画像をAIで作るという、いわゆるジブリフィケーションが流行しましたが、この点について、文部科学省の担当者は、最終的には司法で判断されるとしつつも、単に作風やアイデアが類似しているのみなら、著作権侵害にはあたらないとされるという趣旨のことを述べています。
クライアントとの契約に注意
AIと著作権の状況について説明をしてきましたが、それよりもまずクライアントとの契約に気をつける必要があります。多くの画像生成AIは、生成された画像の所有権は利用者にあるとして、商用利用に何ら制限が設けられていません。しかし、生成AIを仕事で使う場合には、AIに関するリスクを理解しておく必要があります。
まず、AIに契約上の秘密情報を入力する場合には、秘密保持上の問題があります。
秘密情報を入力すること自体が秘密保持義務違反になりますし、AIサービス事業者が外部から攻撃された場合に、入力した情報が漏洩する可能性があります。したがって、契約上の秘密情報をAIに学習させることは厳禁であると言えます。
また、AIで生成された画像が著作権、商標権、意匠権、肖像権、パブリシティ権、プライバシー権といった第三者の権利を侵害している可能性があります。
商用利用が可能であるといっても、権利侵害がないことを保証しているわけではないので、生成された画像が他者の権利を侵害していないか、充分に気をつける必要があります。
このような状況がある中で、最近では業務委託契約の中で、生成AIの使用を禁止しているケースが増えてきています。
このような規定があるにもかかわらず、生成AIを使用して成果物を納品すると、当然ながら契約違反であり、債務不履行に基づく損害賠償が発生する可能性があります。
発注時に契約書ドラフトがあればこのような問題は起きにくいのですが、エンタメ業界では残念ながら契約書のやり取りが事後になることも多いです。
納品後に生成AIの使用を禁止する条文が入った契約書が送られてくると、どうしようもありません。今後は生成AIの使用可否をクライアントに事前に確認しておくぐらいの慎重さが必要になるのではないでしょうか。
上野裕平(うえの・ゆうへい)プロフィール
1987年東京都生まれ。 東京大学文学部卒業後、東宝株式会社に入社。 映画プロデューサーとして10年超で数多くの作品に携わる。 同社在職中の2021年に司法試験予備試験に合格し、翌2022年に司法試験に合格。現在は東京芝法律事務所にて執務を行う。







