10月に発売された新書『アーティスト六法: 日本一わかりやすいエンタメ法律ガイド』(上野裕平著)では、東宝で映画プロデューサーとして活躍後、弁護士に転身した著者が、アイドルやイラストレーター、YouTuberなど全てのアーティストが陥りやすいトラブルとその対策について分かりやすく解説しています。
本書から一部抜粋し、今回は「元恋人によるプライベートの会話や手紙の無断公開」を例にとって紹介します。
Q. 以前の恋人が、私とのやり取りを無断でYouTubeにアップしていました
>まだある「エンタメ系トラブルQ&A」一覧私は元YouTuberです。もともと恋人とカップルチャンネルを運営していて、そこそこの再生数を稼げていましたが、残念ながら私たちは別れることになりました。
その後、私はYouTuberをやめましたが、元彼は単独でチャンネルを運営していました。とはいえ、再生数はカップルチャンネルのときよりも伸び悩んでしまっているみたいです。そのような状況で、この前、その元彼から復縁したいという旨の手紙が届きました。
手紙は長文でとても感動的な内容でした。私からも元彼に対して、復縁しようかどうか迷っているので一度会いたいという趣旨の手紙を送り、そして会うことになりました。
しかし、久々に彼のチャンネルを見に行くと、彼が私に復縁を迫る様子をドキュメンタリーで映像にしており、これまでの手紙も全て公開され、面会の様子も生配信するとのことでした。
私は何も許可していないのですが、こういうのって問題はないんでしょうか。
A. プライバシー侵害にあたる可能性が充分あります
再生数が伸び悩んでいる元恋人にとっては、もともと数字が取れていたカップルに戻り、復縁する様子も公開して再生数が稼げたら一石二鳥とでも考えたのでしょうか。いかにも再生数にとらわれて周りが見えなくなっているという印象ですね。このケースは明らかに問題がありそうですが、どの部分がどのような論点で問題になるかという点は、少し複雑です。いくつかの論点に分けて整理してみたいと思います。
プライバシー権と肖像権
プライバシーという言葉自体は非常に有名で、一度は聞いたことがあると思います。もっとも、「プライバシー権」は法令で明文化されている権利ではなく、主として判例で憲法上の権利として認められてきた権利です。
プライバシー権に関する判例や裁判例は山ほどあるのですが、代表的なものを紹介すると、「宴のあと事件」では、プライバシー権を「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」と定義しています。
同裁判例では、プライバシー侵害が認められる要件として、「私生活上の事実、または私生活上の事実らしく受け取られるおそれがあること」(私事性)、「一般人の感受性を基準にして、公開を欲しないであろうと認められること」(秘匿性)、「一般の人々にまだ知られていないこと」(非公知性)という3つの要件が挙げられています。
したがって、相談者が元恋人に送った手紙がこの要件を満たせば、それを動画で公開する行為はプライバシーの侵害にあたり、民法上の不法行為を構成する可能性があります。
次に、「肖像権」という言葉も一度は聞いたことがあると思います。肖像権も法令で明文化された権利ではありませんが、判例によって確立されています。
肖像権に関する判例や裁判例も山ほどありますが、「和歌山毒入りカレー事件」では「人は、みだりに自己の容貌等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する」とし、また「人は、自己の容貌等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益をも有する」と判示して、肖像権を認めています。
本件に関して言えば、当然ながら相談者にも肖像権が認められるため、相談者が自己の容貌を許可なく撮影されたり、それを公表されたりすることは肖像権の侵害であり、こちらも民法上の不法行為を構成する可能性があります。
したがって、無断での手紙の公開と無断での生配信はそれぞれプライバシー権、肖像権に基づく問題がありそうです。
無断で手紙を公開する行為は著作権侵害か
次に、著作権侵害にあたるかどうかという点について考えてみます。まず、手紙が著作物にあたるかが問題になりますが、基本的にはよほど定型的なものやありふれた表現でない限り、著作物にあたると考えられています。
この点について、「三島由紀夫手紙公表事件」という裁判例があります。
これは、著名な作家である三島由紀夫氏が生前に特定の人物へ宛てて書いた未公表の私信(手紙)を、その受取人が三島氏との交際を中心に執筆した書籍の中で無断で公表したことから、三島氏の相続人である原告が出版差止めや損害賠償などを求めて訴訟を提起した事件で、第一審でも控訴審でも判決で手紙の著作物性が認められています。
また、手紙が著作物にあたるとしても、「引用」の範囲内であれば問題ないのではないかという点があります。
これについて、引用を例外規定として定めた著作権法第32条第1項には「公表された著作物は、引用して利用することができる」と定められていますが、手紙は「公表された」著作物にはあたりません。よって、「引用」も認められません。
したがって、相談者の手紙を元恋人が動画で公表した行為は著作権侵害行為にあたる可能性が高いものと考えられます。
秘密録音は違法か
伊藤詩織氏が監督し、2024年に海外で公開された『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』(日本未公開)というドキュメンタリー映画では、伊藤氏の元代理人であった弁護士らが、同作品内で使用されている一部の映像について、登場人物らの許諾を得ないまま使用されているとの指摘をし、該当部分の削除・修正を求めています。この問題では、複数の映像及び音声について無断使用の指摘がありますが、その中には捜査機関や関係者との会話音声も含まれていました。電話や会話を録音すること自体は原則として違法ではなく、これが仮に無断であったとしても同様です。これは、会話において、話者は自らの意思で自分に関する情報を積極的に開示していますので、録音の対象はあくまで、話者が自ら積極的に開示した情報であることから、プライバシー侵害の程度が低いと考えられるためです。
もっとも、録音をすること自体は違法ではなくても、基本的に話者はあくまで聞き手に対して情報を開示したに過ぎず、第三者に知られることまでは想定していないのが通常です。したがって、このような秘密録音をした録音データを映像作品に使用して公開するのはもとより、第三者に漏洩することや、SNS等で公開することは、先に述べたプライバシー権侵害や人格権侵害によって民法上の不法行為を構成する可能性があります。さらに、例えば不倫の事実を録音し、それをSNSで公開するなど、相手の社会的評価を低下させるような行為は、名誉毀損罪という刑法上の犯罪を構成する場合も考えられます。
これらを踏まえると、秘密録音をした録音データは、基本的には自分の確認用か、裁判等の証拠として限定的に利用することが望ましく、これを無許可で公開することは予期せぬトラブルを生む可能性が高いと言えます。
以上の検討を踏まえて相談者に回答するなら、やはりこの相手の行動は問題なので、相談者の希望に応じて、生配信を中止させることはもちろん、動画の削除や損害賠償を求めていくということになります。もっとも、相談者がそれを望むのであれば、という話です。
上野 裕平(うえの・ゆうへい)プロフィール
1987年東京都生まれ。 東京大学文学部卒業後、東宝株式会社に入社。 映画プロデューサーとして10年超で数多くの作品に携わる。 同社在職中の2021年に司法試験予備試験に合格し、翌2022年に司法試験に合格。現在は東京芝法律事務所にて執務を行う。







