年下彼との結婚話
「一回り下の彼と結婚話が出ていたんです」サユリさん(40歳)は2年ほど前、付き合っていた彼との結婚を目前にしていた。ところが彼が出してきた「条件」に愕然とする。
「両親と同居すること、1年以内に妊娠すること、仕事を続けること、家に引きこもっている彼の妹の面倒をみること、それ以外にも実家に帰ってはいけないとか、友達に会うのは夫の許可をとってからとか、いろいろありました。それまで彼はすごく優しかったのに、急にそんな条件を出してきたので、本気なのと聞いたら、『だってそうじゃなかったら、この結婚、オレになんかメリットある?』と言われて」
サユリさんは知らなかったのだが、彼の家はかなりの資産家だった。資産を守るためにも彼にとって結婚は大きな賭けだと考えたらしい。年上の女性をもらってやるという意識が見え見えのひどい条件だ。
「でもこれを逃したら、私はもう結婚できないかもしれない。それに私、やはり彼のことが大好きだったんです。そんなひどい条件を突きつけられても、結婚すれば彼はまた優しくしてくれるに違いないと思ってしまった」
親にも友達にも相談できなかった。誰に言っても反対されるのは明らかだったからだ。その反対を押し切る自信もなかった。
彼の家で「お試し」することに
「悩んでいる私に、彼は『お試ししてみる?』って。まずは同居してみたらどうかということです。そこで初めて彼の家に行きました。彼のご両親にあいさつすると、『あ、息子くんが言っていた新しい家政婦さんね』と母親に言われて。ショックでした。でも彼は恋人だと言うとあとで面倒なことになるからと、とりあえず朝晩の家政婦だと紹介したって。親に反対されるのは分かっているから、実績を積めば認めざるを得なくなるでしょと言われて、納得してしまったんですよね」翌日から朝早く彼の家に行き、朝食を作り、掃除洗濯の家事をこなして、彼女は職場に向かう。仕事を終えてからすぐ彼の家で、夕飯の支度、妹の部屋の前にも食事を置く。両親が食べている間も彼女にはアイロンかけや翌日の朝食の下ごしらえなどの家事が待っていた。その後、彼が帰宅するのを待って食事を用意、両親とは別のメニューである。
「自分の食事は両親が食べたあまりなどを適当に。きちんと食卓では食べられないから、家事の合間につまむような感じでした」
彼がベッドに入るのを見届けて、彼女は自宅に戻る。初日だけで彼女は疲弊した。
「ただ、彼はその日、ものすごく濃厚に愛してくれた。『オレにはやっぱりきみしかいない』と言いながら。それが忘れられずに次の日も、その次の日も頑張ってしまったんです」
気づいたら1カ月がたっていた。心身ともに疲れ切っていたが、何か魔物に吸い寄せられるように彼の自宅へと通い続けた日々だった。
越してくればいいと言われて
「うちを拠点にすればいいよ」1カ月が過ぎたころ、彼にそう言われた。
「あと1カ月たったら、ちゃんと両親に結婚相手だと言うよと言われて。友達からは最近、付き合い悪いよ、飲みに行こうよと誘われたけど、忙しいからと断った。週に1回は実家に帰っていたのに、それも行かなくなった。彼さえいればいい。そんな気持ちになっていたんだと思います」
仕事に支障はないように頑張っているつもりだったが、そのころ彼女の凡ミスが発覚した。今までにないミスだったため、心配した上司に声をかけられた。
「痩せたし顔色は悪いし、どこか悪いんじゃないのか、何かあるなら相談してほしい、周りも心配しているぞと言われて、平身低頭、謝罪しました。今思えば、あのころの私は彼と結婚したいがために、何かに取り憑かれていたみたいになっていた」
彼の家に寝泊まりするようになって、多少は身体が楽になったが、その分、家事も増えていった。彼の父親が体調を崩したこともあり、看病に明け暮れた数日間もあった。
「2カ月目が終わりかけたとき、彼は今度の週末、両親にちゃんと紹介すると言ってくれた。その言葉が合図だったかのように、私は職場で倒れてしまいました」
笑うしかなかった
目が覚めたら病院だった。母親と、親しい同僚たちの心配そうな顔があった。時計を見ると、もう仕事が終わって彼の家にいるはずの時間だ。「行かなくちゃと起き上がろうとしたんですが、めまいがひどくて起きられない。どこへ行くの、動いちゃダメよと言われて、ああ、終わったと思いました」
みんなが帰ったあとも、彼から連絡はなかった。サユリさんが「病院に運ばれた。数日、入院しなくてはならない」とメッセージを送ったが、返信はなかった。
「その程度の存在だったんだと思うと同時に、こうなるのは分かっていたという思いもこみ上げてきました。利用されただけだった、と」
数日後、退院したことを伝えると、「荷物は送るね」と彼から連絡があった。悔しかったが、結局、自分が選択したことだから「復讐」すらできなかった。
「1年後、風のうわさで彼が結婚したと聞きました。あんな条件で結婚する女性がいるんだと思って、彼と親しい人に聞いたら、二人は親とは別居し、彼女の実家近くに新居をかまえたそう。しかも彼女は妊娠していると。彼は28歳、彼女は22歳ですって。もう笑うしかなかったです」
だまされたのか利用されたのか、はたまた彼としても親を説得するだけの証拠がほしかったのか。今でも答えはでないが、「やはり条件を設定してくること自体が、私をまるごと愛していないということ」だと、彼女は骨身にしみて分かったと言った。