俳優たちの演技のうまさ
ネルラは父と叔父、弟の四人家族だったが、家族のありようも幸太郎からみると一風変わったところがあった。だが、そんな家族に、結婚する気のなかった幸太郎はだんだん深く関わっていく。ミステリー要素は、全て夫婦の試金石となっていく。電撃結婚をした幸太郎とネルラは本当に「しあわせな」結婚となるのかどうか。
このドラマを観てつくづく思うのは、主要な俳優たちの演技のうまさだ。特に松たか子が、ある意味で少し不気味な「ネルラ」という女性を、不気味ではなく不思議な女性として魅力的なまでに昇華させてしまっている。それに対応する阿部サダヲは、取り込まれるわけではなく自ら家族という沼に飛び込んでいこうとする幸太郎の心情を繊細に描ききる。
中年のラブストーリーとして観ると、二人の心の距離が縮まったり少し離れたり、まるで3歩進んで2歩下がるようなところが垣間見えて興味深い。ときに照れながらいちゃつく二人が何ともかわいらしくもある。
ところがこの「中年のいちゃつき」が一部、若い人からは「気持ち悪い」と言われているらしい。確かに20代のときは、誰もが自分が50歳で恋をするなどとは思っていないだろう。気持ちは分かるが、人は誰でもいくつになっても恋をする。そこは想像力で補うべきではないだろうか。
家族の中でいちゃつく二人
「いちゃつくって、身体的接触だけじゃないんですよね」そう言うのはマリさん(36歳)だ。彼女は、母が再婚したときのことをはっきりと覚えている。
「私が8歳、弟が6歳のときに父が亡くなり、10歳のときに母は再婚しました。継父はいい人だったけど、母が継父といちゃついているのが分かって不快でした。表向きはいちゃついているわけじゃないんです。ただ、食事のときに何か話していて、ふっと母と継父の目が合う。そうすると母の目が濡れているというかこびているというか。当時は言葉にできなかったけど、その視線に継父が照れる。その照れがまた、私の目にはとてもいやらしくて気持ちが悪かった。ドラマ『しあわせな結婚』を観ていると、家族の食事シーンがけっこうあって、ネルラが幸太郎を見るときの目で子どものころを思い出してしまいました」
もちろん、マリさんの場合、それで家族仲がおかしくなったわけではない。ただ、彼女の心の中ではなんだか納得ができない気持ち悪さが残っているのだという。
「当時の母はまだ40歳になるかならないかで、継父は40代後半だったと思う。それでも子どもからみたら十分に中年だった。本当に理不尽な言い方だと思うけど、あれ以来、中年男女のいちゃつきは私はダメですね」
自らの経験から、どこか心がささくれだってしまうという人もいるだろう。ドラマはドラマ、実体験は実体験と分けていても、ささくれが刺激されるとマリさんは苦笑した。
からかわれても祝福と受け止める
「50代だって60代だって恋をしたら、誰もが子どもみたいになるものなんじゃないですか」のんびりした口調でそう言うのは、リカコさん(49歳)だ。彼女自身、20代で離婚を経験し、一人で生きていくと決めたものの恋愛を繰り返しているという。現在は同じく離婚経験者の同世代男性と2年ほど付き合っているところだ。
「二人とも独身だから結婚してもいいんだけど、二人とも結婚に懲りているんですよ。だから恋人関係のままだけど、仲よくやっています。さすがにいい年だから人前でいちゃつくことはないけど、行きつけの小料理屋さんでは、カウンターで顔を寄せ合って話しているだけで『いつも仲がいいね』『10代みたいに初々しい顔してる』とからかわれています。彼は『みんながいてもリカコしか見えてないから』と真っ赤になって言う。そんな言い訳するなと私が怒ると、『ほんっと青春してるよね』とまた言われちゃう。でも恋する気持ちが自然とにじみ出ることはあると思うので、からかわれると祝福されていると受け止めることにしています」
中年男女も恋をすべし
そう言いつつも、でも私たちも実は周りの年下世代から「気持ち悪い」と思われているのかもしれないとリカコさんは顔を曇らせた。いくつになっても恋をして、その気持ちがにじみ出るのは幸せなことではないだろうか。たとえ批判する人がいたとしても、それをはねのけられるだけの知恵も経験もあるはずだ。
恋は子どもを大人にし、大人を子どもにする。大人が恋すると、急に分別をなくしたりするものだ。社会全体が「大人の恋」も批判しないような成熟さを持てるのはいつの日になることだろう。